2.嫌がらせ

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「お前は、予が何に怒っていると思っている?」 「卑賤(ひせん)な身でありながら、慶王様の食卓に同席いたしました」 「いいや。違う。予は同席を許した」 「……それは」  紫苑は言い(よど)む。何に対して天凱が怒っているのか分からない。  とりあえず何もわからないまま謝罪するべきか、理由を考えるべきか。紫苑が悩んでいると、頭上から誰かが鼻で笑う気配を感じた。 「ただのだ」  頭を下げた状態なので天凱の表情は読めないが声はいたく軽快で、怒りなど微塵も感じさせない。それどころか楽しげに音を紡いでいる。 (暇潰しで人に食べ物をかけるな!)  紫苑は心の中で罵声を浴びせた。奇想天外男と仲がよく、そのため理不尽になれていても料理を顔にかけられた挙げ句、高々に笑われたことはない。  顔を上げるよう言われたので、苛立ちを拳を握ることで相殺しながら紫苑は(おもて)をあげる。こうしなければ、その(つら)をぶん殴ってしまいそうだ。  紫苑と目が合うと、天凱は笑い声を止めて床に転がる皿を見た。ゆっくりと開く唇に、次に続くのは死刑を告げる冷酷な言葉か。はたまたその両方かと紫苑が恐怖を感じているとわざとらしい欠伸をこぼす。 「すごい表情だな。崔家の令息には過激すぎたか?」  目尻に溜まった涙を指先で拭い、紫苑を見るやいな天凱はまた吹き出した。 「ふふっ、こんなに笑ったのは初めてだ。一生分、笑ったよ」  上気し、桃色に染まった頬が火照るのか天凱は左手で風を送りながら、右手で並ぶ皿を持ち上げる。乱雑な動作で床に落とすとにこやかな笑顔を浮かべた。 「同席を許すのはここまで。お前は床で食べろ」 「仰せの通りに」  屈辱を噛み殺し、紫苑は床に跪く。天凱が次々と落とした料理は、落下の衝撃で形は崩れているがほとんど溢れることなく、皿におさまっていた。 (床に落ちた料理を食えと言われるよりかはマシだ)  そう自分に言い聞かせていると頭上から「早く食べろ」と声が降ってくる。  覚悟を決めた紫苑は一番手前にあった皿を引き寄せた。野菜と羊肉の羹のようだ。(さじ)を浸し、一口分を掬い、舌の上に乗せるととろみと共に細かく刻まれた野菜の風味が広がった。 (美味しい、んだろうな。多分)  多分とつけたのは緊張で味がしなかったからだ。 「どうだ?」 「美味しいです。とても」  天凱は嬉しそうに「そうか。もっと食べろ」と豚肉の炒め物を紫苑の前に落とす。その行為に不満を言えるわけがなく、紫苑は匙を置くと箸に持ち替え、口に入れた。これも味はしなかった。
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