2.嫌がらせ

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「俺が優秀すぎるからな」 「優秀じゃなくて性格が悪いから嫌われるんだよ」 「えっ……。こんなにも性格がいいのに?」 「あー、雨蓉。水はやっぱりいいよ。元気そう」  軽口を叩くぐらいには回復しているらしい。 「とりあえずさ、どうだったの?」  打たれた後頭部を押さえながら英峰は身体を起こすと勝手知ったる様子で臥台に寝そべった。墨だらけの格好に紫苑が片眉を持ち上げるが何も言わない。雨蓉がしでかしたことに対して申し訳ないという気持ちがまさった。  紫苑は臥台の空いている空間に腰を下ろすと雨蓉にもう休むように告げた。英峰と二人きりにすることに難色を示すが再度、同じ言葉を告げれば雨蓉は優雅は拝礼をして、房室を出て行く。 「慶王の怒りを買ったんだろ? 火傷はしなかった?」 「してないよ。冷めてたし」 「ふーん。なら、いっか」 「他人事だな」 「火傷でもしてたらお前の家族にどやされてたからね。してないなら心配するだけ損だし」  英峰は欠伸を噛み締めつつ、紫苑を見つめた。 「あの人、性根は腐っているけど、怪我させたりはしないと思ってたんだ」  ぽつり、と呟かれた言葉は消え入りそうなほど小さいが隣にいた紫苑には確かに届いた。英峰なりに心配していたのだろう、と歯がゆい気持ちになる。  と、同時にその言葉に疑問を覚えた。 「怪我させたりしない?」  それはおかしな話だ。周囲から聞きかじる慶王像は「気に入らないことがあれば、すぐ相手を痛めつける。それが例え老人や赤子であっても」というもの。誰もが口を揃えて言うので、紫苑は英峰の数百倍は歪んだ性格の持ち主はいるんだなぁと他人事のように思った。 「英峰は、慶王様が私に怪我させないって分かっていたの?」  紫苑がつつくと、英峰はとてつもなく嫌そうな顔をした。 「言ってない」 「いや、言ったよね」 「言ってないって。しつこい」  英峰は舌打ちした。両手で両耳を塞ぐ。これ以上、紫苑との会話を続ける気はない、という意思表示だ。  紫苑は大息する。力は自分の方が上で、無理やり手を離すことは可能だが頑固な英峰は決して口を開かないだろう。  納得はいかないが、無理に話しを進めることもできないので、紫苑は卓に向かい、書簡(てがみ)の続きを書き始める。心配した家族から逐一報告するように言われているものだ。  とりあえず、仕事の内容は口外できないので食事は三食きちんと摂っていることと睡眠と休憩はきちんと入っていること。午後の空いた時間、庭園を散策した時に見つけた珍しい草花のことを書き綴ろうか。
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