2.嫌がらせ

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「ねえ、英峰と慶王様ってどこで会ったの? 知り合いっぽかったよね」  書簡の八割が埋め尽くされた頃、紫苑は筆を置いた。  英峰は暇を持て余しているのか褥の上をごろごろ転がっていた。衣服に付着した墨はもう乾ききっているらしく、転がっても敷布は汚れていない。  天井と向き合う体勢で動きを止めた英峰は「庭」と言った。 「簡潔すぎ。もっと詳しく」 「……昔、後宮に遊びに行った時、出会った」  ——後宮に遊びに行った時?  今、確かに英峰はそういった。紫苑の聞き間違いではない。後宮という、男子禁制の慶王の花園に、宦官ではない英峰が入ることなんてできるわけがない。  つまり、英峰は、 「あなた、後宮に忍び込んだの?」 「興味あって」  その返答に紫苑は呆れ果てた。地頭はいい癖に無鉄砲な男だと思っていたが、まさかこれほどまでの馬鹿だとは思わなかった。後宮に忍び込むなど妃嬪との密通を疑われる行為だ。本人もろとも一族郎党、処分されてもおかしくない。 「遊びに行ったのは俺が九つぐらいか? で、慶王(あいつ)が十二歳だったはず。まあ、そこで仲良くなってな。ほら、あれだ。大親友というやつだ」 「大親友?」  それは本当に大親友なのだろうか。誇張する悪癖がある分、信用が難しい。なにせ、紫苑のことも場合によっては大親友と呼称しているのだから。 「……なるほどね。あなたが慶王様の護衛に私を抜擢したのって、報酬うんぬん言っていたけれど、大親友を守るためってことだったのね」 「いや、報酬が一番だよ。慶王の安全はついで」  淡々とした口調で英峰は続ける。 「あいつ、敵が多くてさぁ。妹君が行方不明で、育ての親には(うと)んじられて、周囲には愚王だと言われ、弟の方がいいって可哀想じゃん?」 「まあ、そうね」 「しかも本人がさぁ、護衛はいらないって言ってずっと一人でいるわけ。賭けの褒美にお前を護衛につけつことを承諾させたけど、大変だったんだぞ」 「ずっと一人? 夜もいないの?」 「ああ、宦官も兵士も、慶王の殿舎に近づけば首を()ねるぞって脅したんだと」  自分の立場を分かっているのかねぇ、他人事のように吐き捨てられた言葉に紫苑は口をぽかんと開けた。  紫苑の役目は護衛兼その性格の矯正だ。護衛として隣室で就寝し、有事の際にすぐに駆けつけるようにするものだと考えていたが天凱には断られた。なんでも夜は別の護衛兵がいるので問題はないらしく「お前と四六時中、一緒にいるなんて嫌に決まっている」と笑顔で言われてしまった。その時は他にもいるのならと素直に頷いてしまったが英峰の用意した護衛は自分のみなら夜も側にいた方がいいのではないだろうか。
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