2.嫌がらせ

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 硝子(がらす)越しに差し込む朝日が太陽の到来を告げる。  いつもなら雄鶏の鳴き声がけたたましく屋敷に響くのに今日はいつになっても聞こえない。その事に違和感を抱きながら紫苑は瞼を持ち上げた。すると滑らかな白い絹の褥ではなく、硬い木の板が視界に入り紫苑は目を擦った。  臥室(じしつ)の内装を思い浮かべつつ内心、首を捻る。ここに卓は置いていないはずなのになぜ、自分が卓に覆い被さる形で眠っていたのだろうか……。二度、三度と目を擦ると思考が冴えてきて、ここが慶王より与えられた城の一室であることを思い出す。 (あ、そっか。あいつが寝ていたからだ)  昨夜遅くに訪ねてきた英峰が紫苑の臥台を我が物顔で占拠し、そのまま寝てしまったため自分が卓なんぞで寝る羽目になったのを思い出した。  あの我が儘男相手に怒るのも面倒だな、と思いつつ紫苑は強ばった体をほぐすために背筋を伸ばす。その拍子に何かが肩から滑り落ちた。小さな落下音を立てて床に広がるのは薄緑色の上掛けだ。  所々、墨で汚れたそれを拾い上げると紫苑は周囲を見回した。 (これを掛けてから帰ったのか)  普段は自分の欲を第一として、腹が減ったからと山に置き去りにしたりするくせにこういう時は謎の優しさを発揮する男である。昨夜、この房室を訪れたのも紫苑を心配していた——ところまで考えてから紫苑は(かぶり)を降って否定する。あの男が異性とはいえ幼馴染に対して情を向けることなどありはしない。それは長い付き合いからとうの昔に理解している。情を向けたようで、絶対に裏でなにか画策している。 (後で弁償しろとか言うに決まってる)  墨で染まった上掛けを広げて嘆息する。墨で汚れたのは紫苑のせいではないがあのろくでなしには関係ない。きっと、後で同額を請求されるはずだ。  英峰への怒りをぶつけるように乱雑に上掛けを丸めると臥台の隅に放り投げ、紫苑は椅子から立ち上がる。  その時、控えめに扉が叩かれた。
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