2.嫌がらせ

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「雨蓉? もう起きてるし、入ってきていいよ」  返事はない。こんな早朝に訪れるのは侍女しかいないと思ったがそうではないらしい。寝衣(しんい)のまま出迎えるわけにもいかず、紫苑が戸惑っているとまた扉が叩かれた。先程よりも力がこもっている。怒らせたのだろうか。 「……少々、お待ち下さい。すぐ準備をしますので」  口頭の代わりなのかコン、と小さく叩かれた。  紫苑は急いで夜着を脱ぎ、支給された藤色の官服に腕を通す。喉元を隠す目的で襟詰めになっているこれはどこにも所属していない紫苑のために、英峰が知り合いの裁縫士に頼み込み、作って貰ったものだ。 (官服を貰えるのはありがたいけど、色がな……)  慶国において色とは地位を示す。特に紫色は王族及び、それに近い者しか身につけることを許されていない高貴な色。それを紫苑が身につけているのは(ひとえ)に「目の色と合うから」という単純な理由からだった。  一介の護衛が紫色を着用することは許されないため、これを押し付けられた当初、紫苑は断った。  だが、英峰は「汚れた時の替えだ」と言って似たような衣装を無理やり五着押し付けてきた。  それでも紫色の官服に腕を通す勇気はなく、当初、兄から借りた無難な衣装を使用していた。地味な色の飾り気のない衣装を見た天凱が「官服は貰っているはずだ」と眉を吊り上げた。どうやら、英峰が先回りして天凱に許可を貰ったらしい。  それならば、と渋々着用してはいるが、周囲からは無所属の経歴無しなのにと反感を買っていることは否めない。  今日も嫉妬まみれた視線を受けるのか、と憂鬱になりながら襟を整え、帯を締める。簡易に素早く髪を束ねて、幞頭(ぼくとう)を被り、身長を誤魔化すための上げ底(くつ)を履いてから自分の全身を見下ろした。人前にでてもおかしな点はないか確認し、大丈夫だと思い、扉に手をかける。 「はい。お待たせしま……」  先の言葉は続かない。紫苑は扉を開けた体勢で固まった。 「遅い」  慶王である天凱が晴れやかな青空を背景に、その正反対のどす黒い笑顔で立っていた。 「……慶王様」
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