2.嫌がらせ

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 なんでここにいるんだ、という疑問が口から飛び出そうになるのを我慢しつつ、紫苑は表情を引き締めた。 「おはようございます。このような場所にご足労いただき、誠に有難うございます」  優雅に膝を付き、拝礼を捧げる。 「本当にな。わざわざ出迎えてやったというのにもてなしもできないのか?」 「申し訳ございません。ところで、なぜ私の(へや)に?」 「気まぐれだ。どけ」  要領を得ない回答に紫苑が困っていると天凱は横柄な態度で房室に入っていくと臥台へと向かっていく。 「汚らしい」  不機嫌そうな声色に汚物扱いされた紫苑が内心で眉を顰めながら、天凱の視線を辿ると緑色の上衣があった。皺くちゃに丸め込まれ、墨だらけのそれは確かに汚いものに見える。  天凱は上衣を掴むと持ち上げた。 「鬼吏部侍郎か?」 「はい。昨夜、訪ねてきたんです」 「……なにを話した?」  探るような目を向けられる。 「私のことが心配になったようです。今まで、ずっと屋敷にこもりっぱなしだったので、きちんと護衛できているか? 失敗して金がもらえなくなるのは困る! と喚いていましたよ」  紫苑はわざと肩を持ち上げてみせた。 「あれらしいな。所詮は金の心配か」  欠伸を噛み締めた天凱は上衣を近くにあった椅子の背もたれに掛け、臥台へと腰掛ける。慣れた手付きで上衣と装飾品を外し、床へと落とした。  なぜ急に脱ぎ始めるのか分からず、紫苑は困惑しつつ見守った。内衣姿となった天凱は臥台へ横たわり、英峰によって皺くちゃにされた(ふすま)を引き上げ、体を包む。 「予は寝る」  告げられた言葉に紫苑は全てを諦めることにした。仕事を、慶王としての責務を、と言ったところでどうせまた羹をかけてくるに違いない。  護衛についてまだ二日目だがこの得手勝手なところは英峰を思い出させる。 (親友ってあながち間違えではなさそうだな……)  昨夜はくだらない妄言だと聞き流したが天凱と英峰はどこか似ている。きっと悪い意味でいい友人となっているに違いない。  この先一年が平穏に過ぎることを祈り、床に散らばる衣装や装飾品を拾い集めた。
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