3.紫苑の悩み事

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 後宮での地盤は子供の有無で決まる。どんなに親が高官でも、地方の貧乏貴族でも男児を産んだ女が権威を持つのだ。  皇太后は男児を産んではいたが亡くなったことで後宮内では第二皇子を産んだ冬妃より立場は低かった。  男児のいない皇太后が皇后の位から落とされなかったのは先王が名門黄家の出自である皇太后を蔑ろにするわけにもいかず、また黄家との繋がりをより堅牢(けんろう)にしたいという考えから末席ではあるが王位継承権を得ている天凱が彼女の元へ養子に出されたわけだ。  だが、その数年後、皇太后は四十四という高齢で身籠り、その翌年、末皇子が生まれたことから後継者争いが静かに勃発した。母方の生家の身分が低い天凱より、豪族である黄家の姫を母に持つ末皇子を推す声が多く上がり、当時を知る者が言うには「思い出したくもない雰囲気」だったらしい。  しかし、皇太后が実子より天凱を慶王と推したため後継者争いは一旦、休戦となった。身分は低いが才もあり、学もある天凱は名君と称される慶王になると信じられていた。心を壊すまでは。 (英峰は弟君が怪しいと言っていたけど、現状的に怪しいのは皇太后様なんだよね。城内の雰囲気的に対立しているのは間違いないだろうし。けど……)  遠目からしか拝見したことはないが皇太后は穏やかそうな女性だ。六十間近となっても美貌は太陽のように華やかで、金襴緞子(きんらんどんす)の衣装がとてもよく似合っていた。 (周囲が勝手に敵対しているとか?)  本人を差し置いて周囲が勝手に盛り上がり、敵対することはよくあるが城内における二つの勢力図は異様だ。表立って対立するのではなく、水面下で静かに、じりじりと睨み合いを続けている。  しかし、いつ火蓋が切って落とされようともすぐ鎮火するのではないかと思えるほどに凪いでいた。 (あいつに聞いて見るか)  官席を持つ者は本人が望めば黒瑞寮(こくずいりょう)という独身専用の寮を借りることができるのだが、英峰は「自由が利かないのは嫌だ」といって今まで家から通っていた。先週からは本人の希望で黒瑞寮の一室を借りて——隣室からは苦情が絶えないと聞いているが——仕事に精を出しているらしい。  黒瑞寮は少し離れているが会いに行ける距離だ。  紫苑は勢いよく体を起こすと椅子にかけていた上掛けを肩に羽織る。  考えれば考えるほど全身が泥沼に浸かったように気持ちが悪くなる。こう言う時は全ての元凶であり、意外と親身に相談事に乗ってくれる英峰に会いに行くに限る。
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