3.紫苑の悩み事

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「——なんだ? 寂しくて俺に会いにきたのか」  幼馴染は墨だらけの顔を愉快そうに歪めて笑った。  しかし、その目の下に刻まれた疲労の色までも隠せてはいない。流石に無視できない(くま)の濃さに紫苑が「何徹?」と聞くと小さく「……二」と返ってきた。心なしか落ち込んでいる。  黒瑞寮の房室がもぬけの殻だったので缶詰状態なのだろうと推測して来たのだが、どうやらあたりのようだ。 「あなたが真面目に仕事をするなんてね」 「俺はいつでも大真面目さ」  嘘つけ、と内心で言い返す。仕事内容が簡単なものなら部下に押し付けたり、愛情だといいつつその部下の手にギリギリ負えないような課題を押し付けるくせになにが大真面目だ。 「今、時間ある? 聞きたいことがあるんだけど」 「時間があるように見えるか?」  嫌味ったらしい言い方に紫苑は片眉を持ち上げる。 「あなたは私の邪魔をする癖に、自分は邪魔されるのが嫌がるのやめた方がいいよ」 「……?」 「心当たりはありませんっていう顔やめて」  本当に癇に障る。なぜこいつと長年付き合ってこれたのか疑問が芽生える。 「聞きたいことってなんだ? 俺はお前と違って忙しいんだ。手短に頼む」 「長話になるし歩きながらでもいい?」  今度は英峰が片眉を持ち上げる。  ここが吏部が入っている殿舎でなければ手早く用件を済ませているところだが流石の紫苑も「慶王様と皇太后様って仲悪いの?」と切り出す勇気はない。どうにかして英峰を外に連れ出さねば。 「長話か……」 「無理?」 「いや、眠気覚ましにはちょうどいいな」  後頭部を乱雑にがしがし掻くと英峰は背後を振り返る。 「俺は少し休む。後はこれの合計を計算してまとめれば終わるからやっておいてくれ。残りの計算は明日すればいいからこれを終わらせたら帰って寝ろ」  英峰に付き合って徹夜で作業していた面々から喜びの声が漏れてきた。 「地獄ももう終わりだ!」 「やっと眠れるんだ……」 「帰れるぞ!」  各々、両手を上げたりお互いの肩を組んだりして喜びを表現している。そんな部下達を一瞥した英峰は舌を打つと共に「明日の仕事は倍だな」と鬼のような宣言をした。
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