3.紫苑の悩み事

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 途端、静まり返る室内。少しして聞こえたのは小さな嗚咽(おえつ)。せっかく悪夢のような徹夜作業が終わったのに次に待っているのは地獄作業と知った面々の顔は絶望に染まっていた。 「楽しみだな。せめて今夜はいい夢が見られるよう祈っておくよ」  鼻で笑う英峰の脳天に紫苑は迷うことなき一撃を喰らわせた。 「あなたはもっと部下を労うことを覚えなよ」  呻き声と共に床に沈む英峰を担ぎ上げた紫苑は吏部の面々にひらひらと手を振る。 「この人、貰っていきますね。仕事倍増はどうにかして食い止めるので今夜はゆっくり寝てください」  笑顔で告げて踵を返す。人気のない回廊(かいろう)を少し歩いていると紫苑の言葉を理解した男達の野太い歓声が聞こえて、紫苑は小さく笑みをこぼした。 「お前は甘いな」 「あなたが厳しすぎるんでしょ」 「俺は厳しくないさ。上官として普通のことをしたまでだ」  痛みもだいぶ落ち着いたのか担がれた状態のまま英峰は饒舌に話し始める。  その様子に大丈夫だと思った紫苑は英峰を肩から下ろした。 「もう少し運んでくれればいいものを」 「自分で歩ける癖に甘えない」 「お前は俺に厳しすぎるぞ。他のやつには甘い癖に」 「全然、あなたにも甘いと思うよ。厳しければ幼馴染をやめてるし」 「もっとだ! もっと俺に甘くしろ!」  二十一歳の癖に幼児のような要求をするので思わず悪寒(おかん)がした。ぷつぷつと粟立(あわだ)つ腕を摩りつつ、気をまぎらわせるように先を行く英峰の背に向けて紫苑はいつもの調子で話しかけた。 「仕事、忙しかった?」 「大忙しだ」  苛立ちが滲む声に英峰が本心から怒っていることを察した紫苑は不思議そうに首を傾げる。吏部は六部一、多忙な部署と言われているが手際がいい英峰の手にかかれば山のような仕事はすぐに片付き閑暇(かんか)へと変わる。それなのになぜ忙しいのだろうか?  紫苑の疑問を悟った英峰は大きく大袈裟にため息をはく。 「科挙(かきょ)試験のための準備だよ。春の終わりから冬の初めにあるんだけど、参加者を年齢や出身地に分けて統計をだして慶王に提出しなければいけないんだ」 「それは吏部の仕事?」
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