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4.闇夜に紛れて
上司への怒りと寝不足からいつもより辛辣な英峰の愚痴に相槌をうっていると、ふと妙な違和感を感じた。例えるなら背中を針で刺されたような、透明な手に背後から袖を引かれるような小さな違和感だ。
(……誰かに見られている?)
深夜遅いためできる限り人気のない場所を選んで歩いていたつもりだが騒ぎすぎたのだろうか。心配になる。
直後、違う、と己を叱責した。
(これ、一般人じゃない。茂みの中から私達を見ているのは)
奇襲——という言葉が脳裏をよぎる。紫苑はさっと自分の格好を思い出し、武器になるようなものを持ち合わせているか考えた。今の自分は深夜に外出するからと夜着に上掛けを羽織った格好だ。一応、上掛けの袖に小刀を一本仕込んではあるがこれだけでは心もとない。
英峰も今さっきまで仕事をしていたのだからそんなものは持ってはいなさそうだ。
どう行動すべきか考えつつ、英峰に刺客のことを伝えようと顔をあげた。
「朝議で豚達磨が意味もなくでしゃばるのもやめてほしい。あいつのせいで吏部全体の評価がガタ落ちだ」
英峰の朱吏部尚書へ愚痴は佳境に差し掛かっていた。朝議での態度がどうだの、扇の風で汗臭いのを周囲に撒き散らすなだの耳を塞ぎたくなる罵詈雑言を吐き出している。
(なんて呑気な……)
警戒のけの字も意識していない様子に紫苑の中に焦りだけが積もっていく。それが小さな山となる頃、英峰の様子がいつもと違うことに気付いた。
「他の部署が俺達を見てなんて言っているか知っているか?」
「知らないけど。なんて言われているの?」
「〝死んでもあの部署には所属したくない〟〝手柄は全部上に取られるなんて可哀想だ〟だ!」
身体能力は低いがこの男の感の良さは自分と並ぶものがある。
実の両親にすらあまり性格はよくないと称されているが意外と世話焼き気質な英峰は紫苑が相談があると会いに行けば茶々を入れつつもきちんと話を聞いて、助言をくれる男である。「聞きたいことがある」という名目で連れ出した今、紫苑のことを気にせず大袈裟な手振りで自分の話ばかりするのは曲者の存在を知ってのことだろう。
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