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「どうにでもって……。本当に怖いもの知らずだね」
「お前にどうにかできそうか?」
「嫌い、というよりも苦手なだけのようだし、少しずつ慣れていけば大丈夫だと思うけど」
紫苑は口元に指を添えると考え始める。
「見た限り聞いてたほど深刻ではなさそうだよ」
「早く女嫌いを克服させてお渡りするように言ってくれよ」
お渡りとは慶王が後宮の妃嬪の元へ行くことを指す。
「いつまで経ってもお渡りがないからお妃様方が超お怒りだ。宦官や宮女に当たり散らしてる奴もいるらしい」
ため息をこぼしつつ英峰は紫苑の肩に腕を回してきた。
「——次の曲り角で捕らえる」
紫苑にしか聞かれぬよう耳元でそっと囁かれた言葉は酷く強張っていた。
「いつまでもぐだぐだやってるとお前も刺されるぞ」
一転して急に冗談めかした言い方に変わる。その内容が不穏すぎて紫苑は「なぜ」と固まった。
「慶王様がお前を気に入っているって後宮にも噂で広がっているから嫉妬に狂ったお妃様に刺されるってこと」
「えっ……。すごく嫌なんだけど」
「頑張るしかないな!」
英峰はからからと大声で笑った。笑い事ではない内容なのに。
曲がり角まであと少し。曲者は一定の距離を保ちつつ、ついてきている。
「他人事のように言わないで」
「他人事だから」
「元はと言えばあなたが持ってきた仕事でしょ……」
これ以上、反論する気にもなれず紫苑は肩を落とす。そうすると英峰が全体重を乗せてきたので苛立たしく思い、その背中を拳で叩いた。
「ぐえッ!」
思ったよりも強く叩いてしまったらしく鈍い音と共に英峰は床に膝をつく。痛む背中をさすろうとも手が届かないらしい。
「あ、ごめん。強く叩きすぎた」
短く謝罪すると紫苑は叩いた部分をさすってやる。
(本当にこの人って分からないな)
英峰は阿呆だ。地頭がいいためどんな状況でも自力で回避できると甘んじているところがある。そんな男があのような切羽詰まった声で、真剣そのものの表情で「気を付けろ」などと言うときは決まって良くないことが起きる。
(私を巻き込みたいのか、守りたいのか)
背中をさする手を止めず、紫苑は自分が思ったよりも複雑な環境にいることを知り心の中で深くため息をはいた。
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