4.闇夜に紛れて

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 曲がり角に差し掛かった。紫苑と英峰は視線を交わし、頷きあうと作戦通り、角を曲がり、物陰に隠れた。  曲者は紫苑達の行動には気付いていないようだ。先程と同じ、一定の距離を保ちながら近づいてくる。そのまま角を曲がり、行く先に誰もいないことに驚いたのか硬直するのが物陰から見えた。歳は三十手前。兵士の装いだが少し丸みを帯びた体付きをしており、顔立ちも柔らかい。兵士よりも宦官だと言われた方が納得できる容貌をしていた。  紫苑は息をひそめて、曲者の隙を(うかが)う。自分が撒かれたとは気付いていないのか、曲者は忙しなく周囲を見渡している。視線が背後に向いた、その一瞬を見逃さず、紫苑は小刀を手に曲者に飛びかかろうとした——、 「待て待て。一旦、落ちつこう」  何を考えたのか英峰が紫苑の腕を掴んだ。いざ、曲者捕りを! という状況なのに声はのんびりとしている。  急に腕を掴まれた紫苑は転けそうになりながらも、信じられないと背後を振り返った。 「あ、な、た、は……!」  極力声を抑えて、英峰の頬を摘み捻りあげる。 「捕えると言ったのはあなたでしょ?! なんで止めるの?」 「早計だなっと思ってさ。てか、離せ。摘むな」  英峰は紫苑の手をはたき落とした。力がないため痛くも痒くもないがパン! と乾いた音が響く。  これでは声を抑えた意味がない。怒りのまま紫苑が再度、その頬を掴みあげ、宙吊りにしてやろうと手を伸ばす。 「お、おい! あっ! ほら、あいつが逃げた!! 俺じゃなく、あいつを追えよ!」  紫苑は舌打ちすると英峰が指を指した方向を見た。曲者の後ろ姿が遠く離れてゆく。 「なんで逃げるわけ?」 「さあな」  これは罠だろうか。紫苑は曲者の背中を睨みつけながら考える。自分達を見張っていたのだから誰かに命じられたはずだ。その主人の命令がどうであれ、対象者にバレて逃げるなんてあり得るだろうか?  しかも、回廊のど真ん中をどたばたと。まるで追いかけてくださいと言わんばかりの行動である。 「英峰、どうすればいい?」 「どうすればって?」 「追うべきか、追わないべきか」 「追うべきだろ。ほら、行ってこい」  とんっ、と軽く背中を叩かれ、紫苑は駆け出した。恐らく、自分だけを働かせて楽をする気であろう英峰の襟首を掴み、連れていくのを忘れない。何か文句は言っていたが無視をして、曲者の跡を追った。
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