4.闇夜に紛れて

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(ん? ここって……)  英峰がうるさいので引きずるのをやめて、担ぎ上げながら走っていた紫苑は今まで辿った経路と目の前の光景から曲者の目的地を悟り、首を捻った。  この薔薇の小径(こみち)を進むにつれ、人の気配がなくなっていく。それはこの先の殿舎の主人が夜間の警備を嫌がり、兵士を配置しないためだ。 「どうやら、慶王んとこ行こうとしているな」 「……それって、曲者は慶王様に雇われたってこと?」 「かもしれないな。知らないけど」 「私への嫌がらせのため、ここまでする?」 「知らないって言ってんじゃん」  面倒くさそうに英峰が呟く。 「紫苑、あと少ししたら右手、下んとこに穴空いているからそこ通って」 「分かった」  英峰の言った通り、薔薇の生垣の下には大人が這いずれば通れそうな大きさの穴が空いていた。奥になにがあるのか(つる)が重なったことで闇が深くなり、目視ができない。恐ろしさは感じるが英峰が言うからには、正しいのだろうと紫苑は迷わず、這いずって移動した。英峰の足を掴むのは忘れず、きちんと引きずっていく。うつ伏せではなく、仰向けなのは優しさだ。  棘が肌を裂く痛みに耐えながら、また英峰の悲鳴を聞きながら秘密の通路を通ると真っ暗な殿舎が聳え立っていた。慶王が就寝する殿舎——天華宮。その名の通り、天下一の華やかさを誇る殿舎は軒下(のきした)に吊るされた提灯には一つも明かりが灯されておらず、朱塗りの柱と黄金に輝く壁は闇に染まっていた。 「あの道、近道なんだよ。ある角度からじゃないと穴の場所もわかんないようにしているから兵士にも見つからないよ」  英峰は自慢げだ。恐らく、あの抜け道は英峰が作ったのだろう。怖いもの知らずめ、と紫苑は心の内で毒を吐く。 「紫苑、そこで隠れて」  そこ、と言われた場所は大岩の影にあたる場所だ。この暗闇なら大人二人が身を寄せ合えば十分、隠れることはできるだろう。  紫苑は英峰を引きずりながら岩陰に隠れた。  少しして荒い息遣いが聞こえた。曲者だ。迷わず(きざはし)を走ると門をくぐり、殿舎の中へ入っていこうとする。 「さあ、紫苑。行って来い!」  英峰の合図に紫苑は岩陰から曲者に飛びかかった。片手で襟首を掴み、足を払い、地面に叩きつける。曲者が暴れる前にその首筋に小刀を押し当てた。 「動くな。動けば切れるぞ」 「ご、ごめんなさい! ……ごめんなさいっ! 違うんです!」 「少し黙って」  上擦った声で曲者は謝罪の言葉を重ねる。あまりの声量に紫苑は首筋に切っ先をめり込ませた。つん、と鉄臭い臭いが鼻をさす。  曲者は悲鳴をあげるとぶるぶると震えあがった。 「ち、違うんだ。私は、嫌で、でも逆らえなくて」  曲者は小さな声で何かを訴えている。 「お前はさ、誰に命じられた?」  カツカツと大きな沓音をたてながら英峰が近づいてきた。 (慶王様が起きてしまうだろう!)  紫苑は英峰を睨みつけた。せっかく曲者を大人しくさせたのにこうやって音をたてられたら意味がない。騒ぎに目覚めた天凱はきっと烈火のごとく怒るに違いない。  紫苑が心配した通り、殿舎の主人は夢から覚めたらしい。重厚な扉の隙間から、先程はなかったはずの微かな明かりが漏れている。近づく足音と共に明かりは強くなり、紫苑は面倒なことになったと顔を歪めた。  だが、予想に反して天凱は扉を開けることなかった。
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