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「——紅琳か?」
天凱は優しい声で妹君の名を呼んだ。
その声にいち早く反応をした曲者は「助けて!」と叫ぶ。
扉の向こうで天凱が息をのむ気配がした。直後、蝶番が音をたて、ゆっくりと扉が開かれる。燭台を手にした天凱が今にも泣きだしそうな顔で立っていた。
天凱は地面に伏した曲者に視線を落とすと次に紫苑に向けた。
「……離せ。これは王命である」
硬い声で命じられた。王命と言われたからには紫苑は従わなければならない。
しかし、拘束を解いていいのだろうか。身体検査を終わらせていないため、どんな武器を持っているか分からない。迷った末に紫苑は英峰を見た。英峰が頷くので黙って従うことにした。
自由になった曲者は天凱の元へ駆けるでもなく、逃げるでもなく、その場でうずくまり震えている。
「慶王サマさぁ、これなんですか?」
「お前には関係ない。その男を自由にしろ」
「いや、自由にしましたよね? 拘束解いたのみえません?」
肝が据わっているのか、はたまた空気が読めないのか、天凱を英峰が挑発する。
「逃げないのってこいつの意志でしょ」
「いいからお前達は帰れ。今見たことは忘れろ。今後、余計なことはするな」
普段の天凱なら挑発にも乗りそうなのに妙に冷静な態度で英峰と舌戦を繰り返す。
どちらも折れる気配がない。紫苑は曲者から意識をそらさず、何かあればすぐ天凱を守れる位置に身をおきつつ、二人の会話に耳を傾けた。
「いやいや、俺達、こいつにつけられたんすよ。何もしていないのに」
その時、ごぷり、と耳を塞ぎたくなる音が聞こえた。先程よりも色濃く漂う血の香り。かひゅと曲者の喉が鳴り、ぐらりと体が傾いていく。
とっさに駆け寄った紫苑がその体を受け止め、地面に横たえた。隠し持っていた小刀で胸を突いたようだ。皮膚と刃の間から留めどなく血が溢れて、地面に落ちてゆく。
紫苑は小刀を抜き取ると布で傷口を圧迫し、止血を図った。だが血は止まらない。恐らく、肋骨の隙間を通り、肺にまで達している。医官を呼んでも手遅れなのは目に見えて明らかだ。
「お前は止血を続けろ。——おい、死ぬなら目的と雇い主を吐いてからにしろ」
こいつは鬼か。紫苑は幼馴染の慈悲もない言動に真顔になった。死ぬ前に雇い主と目的を吐き出させなければいけないのは分かっているが、もう少し言いようがあるだろう。
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