4.闇夜に紛れて

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 曲者は英峰の問いかけに答える気力はないようだ。胸が少しでも酸素を多く取り入れるため上下に稼働する。その反対に苦しそうな表情は虚になる。はくはく、と何かを訴えているのか白くなった唇が動く。 「紅琳はどこにいる? 無事なのか!?」  正気を取り戻したのか天凱が焦ったように駆け寄ってきた。曲者の側に膝をつき、何度も妹君の名を問いただす。  天凱の姿を見た曲者は虚な目を大きく見開き、忙しなく唇を動かした。だが音にはなるが、形にはならない。  しばらくして曲者は体を大きく震わせると静かに事切れた。 「……この男の処分は予がしておく。今夜のことは忘れろ」  その命令に、紫苑は素直に従うことは出来なかった。忘れろと言われて、忘れれるわけがない。  それは、幼馴染も同じ気持ちだったようで大股で天凱に近付くとその襟首を掴みあげた。 「いやいや、待ってくださいよ、慶王サマ。ちょっと俺達と話しましょーよ」  行動とは真逆のおどけた言葉遣いだが、弧を描くその目が笑っていないことに紫苑は気付いた。珍しい事に英峰が怒っている。それも、心の奥底から。 「処分する前に色々と調べたいことあるし、あと忘れろってなんすか? 俺達、忘れませんよ。それどころか周りに聞いちゃうかもなー!」 「お前がここまでの馬鹿だったとはな。慶王たる予の命に背くとはどういう結果になるか知らんとは」 「いや、あんたそんな暴言吐かんでしょ。似合わないんすよ。演じる才能皆無すぎて見てて笑えるわ」  はっ、と英峰は鼻で嘲笑う。 「いいんすか? 俺達を突き放しても?」  天凱は舌打ちすると恨めしそうに英峰と紫苑を睨みつけた。その目前に英峰は何やら赤い物体を突き出した。 「、この男が帯に下げていたやつ。あんたは気付いていないようだけど、これと時間があれば長公主サマの居場所も分かるんだけどなぁ」  英峰は物体——紅玉の房飾りを左右に揺らす。 「いいのかなぁ、慶王サマは長公主サマが大切じゃないんだぁ」  英峰は意地悪く笑うと房飾りを紫苑に投げて寄こした。
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