1.溶けゆく赤

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 次に、白色の衣裳の女性。垂れ下がった目尻が可愛らしい、どこかのんびりした雰囲気を纏っている。 「(しゃ)秋妃(しゅうひ)は馬術が得意な一族の出と聞いたわ。今度、一緒に遠乗りにでもいかない? もちろん、天凱様には許可をとって」 「まあ、本当でございますか? わたくし、()族出身なんですけれど、この国の女性は乗馬を(たしな)まないとお聞きしました」  今まで興味なさげだったのに急に目を大きく見開き、前のめりになる。 「馬の飼育もしてはいけないと言われて、とても暇でしたの。後宮から出て、ということは走らせてもいいということでしょうか? あっ、崔皇后陛下も馬術は得意なんですか? 走らせるのは駄目でしょうか……?」  あまりの勢いに気圧されつつも紫苑は首を振った。 「大好きよ。家にいた頃は自分の馬を育てて、よく走らせたわ」  まあ、と謝秋妃は頬に手を添える。 「お会いしてみたいです! わたくしも馬を育てて、ここには連れてきていないのですけれど、美しい黒の駿馬(しゅんめ)で、わたくしの自慢の——」 「謝秋妃様、はしたないですわ」  やんわりと、しかし有無を言わせない叱責が飛んできた。葉夏妃だ。 「崔皇后陛下は本日入内したばかりなのに、そのように品もなくまくしたてるのはどうかと思います」  その指摘に謝秋妃は口を(つぐ)むと俯いた。  しばらくしてから謝罪の言葉が紡がれる。  葉夏妃はふんと鼻を鳴らすと紫苑に向かって眉を下げた。 「申し訳ございません。謝秋妃様はこの国に来たばかりなので、まだ素養も身についておらず……。非礼をお許しくださいませ」  あからさまに含まれた毒に紫苑は内心、驚きつつも気付かないふりをして首を振る。 「いいえ、構わないわ。国が違えば文化も違うのですもの。ゆっくりと学んでいけばいいだけのことよ」  次に、と紫苑はきょろきょろと周りを見渡した。あらかじめ天凱から手渡された資料には季妃には象徴色が定められていると書いてあった。春妃の席を与えられた、緑色の衣裳を纏う女性の姿が見えない。 「姫春妃はどちらに? お姿がないけれど」  紫苑は壁際に控えている薄緑色の衣裳を着た女性達に語りかけた。付き人は主人の象徴色より淡い色を纏っているので見分けがつきやすい。 「それが、私達がお房室(へや)を訪ねてもおられなくて」  帯に玉飾りをつけた、侍女頭が応えた。その顔は青白く、叱責を恐れているようだ。 「そう、どうしたのかしら」 「司馬冬妃はご存じなくて? あの方が司馬冬妃にだけはお会いしていたと聞いているわ」  葉夏妃の言葉に、この場にいた全員の視線が司馬冬妃に集まる。司馬冬妃はゆっくり首を振ると眉尻を下げた。
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