1.溶けゆく赤

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 先程よりも和らいだ雰囲気に紫苑は胸を撫で下ろした。誰が例の宦官の恋人か、今の時点では判断ができないため、できる限り穏便に事を運びたい。ただでさえ、自分は嫌われるのに十分な理由で入内したのだから関係悪化は避けたいところだ。  けれど、 「失礼いたします。至急、崔皇后陛下のお耳に入れたいことがあり、馳せ参じました」  どんな星の下に生まれたのか紫苑の日常は平穏とは程遠いらしい。  血相を変えて転がり込んできたのは内侍省(ないじしょう)の長官を務める男だ。確か名は(どく)秋海(しゅうかい)。幼少期に宦官になってから二十数年、後宮に暮らすこの男は「忠誠心は高いが懐が読めない」と天凱から評価されている。 「あら、騒がしいわね。せっかくの集まりなのに」  毎朝行われる朝礼は決して乱してはならない行事である。  それを内侍監(ないじかん)である秋海が知らないわけがない。  それでも来たということは秋海の言う「お耳に入れたいこと」とは、重大な報告であるということ。  現に、秋海は宦官にしては肉付きが悪い(おもて)を焦りに歪めていた。どうにか焦りを内に押し留め、冷静さを保とうとしているが(ひたい)からは止めどなく脂汗が流れ、床に落ちている。 「落ち着いて、ゆっくり話しなさい」 「承知いたしました」  心を落ち着かせるため、秋海は一呼吸して、静かに言葉を選びながら話し始めた。 「先ほど、宮女から報告がございました。(くりや)の前に人のものと思われる臓物が置かれていたのを皮切りに、後宮の各地で指や耳、骨が見つかりました」  穏やかとは程遠い内容に紫苑は眉をひそめた。 「中には血に塗れた衣裳もあり、それは……」  秋海はぐっと唇を噛み締める。 「……姫春妃様がお召しになっていたものに酷似(こくじ)している、と」  その告白に全員が言葉を失った。  辺りは水を打ったように静まりかえり、ただ沈黙だけが空間を支配した。
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