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天凱が崔紫翠の生家に赴いた際、その姉を見初め、皇后に迎えた。
——という表向きの理由もあり、めんどくさい儀式と手続きを終わらせて入内したのもあって、紫苑は疲れていた。鳳凰殿では大勢の侍女や宦官がいつも側に控えて、休む暇はない。
屋敷では自由気ままに生活を営んできた分、窮屈でしかたなく、気分転換に庭園の散策を楽しもうとしたのだが、まさか、外出して一刻(約15分)もしないうちに探しに来られるとは思わなかった。
「犯人が後宮にまだいると思うと恐ろしいわ」
「本当にねぇ。慶王様が対策とってくださればいいのだけれど……」
ふっ、と片方の侍女が鼻で笑う。
「無理よ。だって、あの愚王様がそんなことするわけないじゃない」
「うーん。でも、今は崔皇后陛下がいらっしゃるし、対策はするんじゃなくて? たいそう入れ込んでいると聞いたわ」
「異人混じりのご容姿が珍しいだけでしょ」
明らかに侮辱の言葉だ。昔に比べると数多くの異国人がこの地を訪れ、住み着いたが長年、培ってきた差別意識は無くすことはできない。
(やっぱ、こうなるよなぁ)
予想通り、紫苑の存在は厄介なのだろう。重々しいため息を吐き、うなだれる。予想はしていたし、容姿に関する侮辱も慣れているが実際に言葉として耳にすると気が滅入ってしまう。
これ以上、会話を聞きたくなくて紫苑はこの場を去ろうと考えた。雨蓉に声をかけようとするが、その細い肩が小刻みに揺れているのに気が付く。
「雨蓉、どうしたの?」
「なんていうことを……。紫苑様に向かって、ただの侍女風情が……」
ぼそりぼそりと耳に届くのは蚊の羽音のように小さいが、雨蓉の怒りを体現する言葉。肩の震えはいっそうと酷くなり、目は怒りで血走っている。
(あっ、これはまずい)
怒りが爆発した雨蓉は何をしでかすか予想ができない。ここでそんな乱闘をされたら確実に調査の弊害となる。紫苑は慌てて雨蓉の肩に腕を伸ばし、更に口を手で覆った。
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