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1.慶王との謁見にて
「お前が噂の崔紫翠か?」
玉座に体を預けた慶王——旺天凱は不機嫌丸出しの声音で言葉を発した。
借りものの名で呼ばれ、紫苑が面をあげると天凱は不思議そうに眉根を寄せ、まるで奇怪な生き物を見るかのように紫苑の顔をじろじろ見る。祖母が異国人のため紫苑の瞳は赤味が強い紫色。髪は黒いが光に当てると紫色を帯びるため、黒髪黒目が多い慶国において自分の容姿は目立っていることは知っている。
なので紫苑は黙ってその視線を受け入れた。
顔の細部まで観察を終えると続いて視線はつむじからつま先に、つま先からつむじにと忙しなく上下する。やや迷惑気な表情だが、不思議とその視線には嫌らしさの一欠片もない。ただ純粋に紫苑が使い物になるかどうか値踏みされているようだ。
「ふうん。どんな筋骨隆々の大男がくると思えば普通だな」
(聞いていた以上に偉そうだな)
目の前にいるのが本当に慶国現王であるのか疑問を抱く。やる気を一切見せない、傲慢すぎる態度に、一瞬「影武者か?」という考えが脳裏を過った。
しかし、周囲の反応を見るからに普段からこの様子なのだろうと判断する。広場に集う高官達はまるでこれが平常ですとでもいいたげな表情で佇んでいた。
「細い腕だ。それで戦えるのか?」
続いて天凱の目線は紫苑の腕に止まった。
天凱の質問に答えたのは隣で同じく床に跪いた英峰だ。普段のちゃらんぽらんな様子からは想像もできないが十四歳の若さで科挙の最終試験を第一位で合格した秀才と名を馳せ、現在は吏部侍郎に籍を置いているこの男は紫苑と違い、この状況に慣れているようだ。緊張を一切見せない、美しい動作で拱手をすると「恐れながら」とはきはきした口調で喋り始めた。正直、「誰だ。お前は」と言いたくなるぐらいの好青年っぷりである。
「紫翠は武人である祖父君に武芸を一式、叩き込まれております。きっと慶王様の盾となり、矛となりましょう」
己のことではないくせに誇らしげに胸を張るので、紫苑は周囲の人間の目から隠れるように、頷くふりをしながら眉根を寄せた。
「ああ、そうか。祖父君は北衙禁軍大将軍だったな」
禁軍とは王直属の護衛軍隊のことである。北門と慶王の身辺警護を主とする四部隊から成る北衙禁軍と南門と城内警護を主とする十二部隊から成る南衙禁軍に分かれている。大将軍とは北衙、南衙の頂点に立つ者が名乗ることを許された役職名だ。
「ええ。紫翠の祖父君は戦神と謳われ——」
「お前に聞いていない。予は紫翠と話をしているんだ」
「御意のとおりでございます」
天凱は辛辣な口調で英峰を咎めると視線だけを紫苑に向けた。
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