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「もう一度、問う。その腕で戦えるのか?」
「鬼吏部侍郎様がおっしゃられた通り、幼い頃から祖父である崔大将軍に鍛えられました。剣術、弓術、馬術、どれを取っても一介の兵士に負けるなどございません」
「随分な自信だな。自分が無敵と言いたいらしい」
「いえ、無敵ではございません。祖父には一度たりとも勝利を得たことはありません」
「お前に言われなくても崔大将軍の強さはよく知っている」
天凱は頬杖をつきながら鼻を鳴らす。
「崔紫翠。他にもいくつか質問がある」
「はい。なんなりと」
「予の護衛として一年務めるという話だが、お前はどこ部署に所属しているんだ?」
その質問に紫苑は視線を彷徨わせた。
天凱の言う部署とは三省六部のことを指していた。三省とは法案の草案をつくる中書省、法案を審査する門下省、審査を通った法案を行政化する尚書省の機関を指す。六部とは尚書省の下にある人事を管轄する吏部、戸籍及び財政を管理する戸部、祭祀関係と貿易を管理する礼部、軍事を管理する兵部、警備と裁判を管理する刑部、公共工事を管理する工部の六つの機関ことだ。
天凱はそのうちのどの部署に紫苑が所属しているのか問いかけてきたが女性である紫苑はどの部署にも所属していない。本物の紫翠も同様だ。だからどう答えるか迷っていた。
自分はこれから一年間、慶王の護衛として側につくことになる。名門崔家の出自とはいえ、官吏でもない紫苑がそばにいるのは天凱の機嫌を損ねてしまう可能性があった。しばらく熟考したのちに紫苑は答えた。
「恐れながら申し上げます。私はどの部署にも所属していません」
本当のことを話したのは嘘を言ってもバレると思ったからだ。
「なぜ?」
「私は幼い頃は身体が弱く、ほとんどを自室で過ごしました」
「それはおかしい」
「おかしいと申しますと?」
「剣の腕はたつのに病弱とは自分で言って不思議ではないのか?」
「病弱だった私を心配した祖父が鍛えてくれたのです。おかげで今は風邪ひとつひきません」
「今が丈夫なら官吏になればよかろうに。崔家の次男坊は引きこもりの凡愚だと評判だぞ」
弟を侮辱され、紫苑は拳を握る。紫翠は確かに家に籠もっているが、凡愚ではない。祖父に鍛えられたお陰で武芸の腕は紫苑と長兄を超えている。
「祖父のような軍人を夢見ていたのですが祖母と母が心配性でして……。けれど、いつかは慶王様のお役に立てるような官吏になりたいと思っております」
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