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半分が嘘、半分が本当の話だ。嘘で全てを塗り固めるより信憑性を高めれるとふんでの言葉だったが天凱は納得した様子を見せた。
「鬼吏部侍郎との賭けに負け、護衛を押し付けられた時」
慶王が賭け事とは、周囲がざわめく。紫苑も驚いたが平静を装った。なにせ相手が英峰だ。お得意の舌先三寸で言いくるめた可能性が高い。
「崔家の次男といえ官吏でもない、また実績もない少年に予の護衛を務めることはできないと考えていた」
「実績はこれから積み上げます」
「いい根性をしている。さすが崔大将軍の秘蔵っ子だ」
天凱は唇の端をわざとらしく持ち上げると五爪の龍と羽ばたく鳳凰の意匠が刻まれた玉座から軽く身を乗り出した。
「もう一つ、大切な質問がある」
先程までの笑みを消して、天凱は氷のように冷えきった目に紫苑を写す。
「お前は予のためなら命など容易に捨てれるか?」
「それは……」
紫苑は言い淀むと視線を床に落とした。天凱が何を思ってそう言ったのか本心が見えず、どう答えればいいのかと返答に迷う。天凱の機嫌を損ねない、かつ、求める言葉はなんだと思考を巡らせていると天凱が笑いかけてきた。
「本心でいい。答えが気に入らなくても罰したりはしない」
「恐れながら時と状況によります」
「どういう時なら? 状況なら?」
「平常なら慶王様の御身を第一に。しかし、家族がその場にいれば私は家族を守ります」
はっきりと自分の意見を述べると端にいた老齢の男が「立場をわきまえろ!」と怒声を放った。
「よい。黄太傅」
黄は姓名、太傅は役職を示す言葉だ。
天凱の言葉に黄太傅は悔しそうに口を噤む。慶王の補佐兼教育係といえ、大衆の面前で慶王の言葉に背くことは不敬であると理性が押しとどめたのだろう。
黄太傅が押しだまったのを確認すると天凱はよりいっそうと笑みを深めた。
「紫翠。お前とは良い関係を結べそうだ」
どうやら正解を述べたらしい。紫苑は内心ほっとした。
「明日から一年、予を守ることを許そう」
紫苑はすぐさま頭を下げた。
「御心に添えるよう、精進して参ります」
強い声で言えば返事の代わりに衣擦れの音が耳孔に届く。そこに混じる沓音に、天凱が玉座から立ち上がり広場から出て行くのを知る。二つの音が聞こえなくなるまで紫苑は頭を下げ続けた。
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