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場所は琴洛殿の中庭。杏の花の下に設置された石に紫苑が腰掛け、英峰が地べたにあぐらをかいて向かい合っていた。
しかし、二人の雰囲気は正反対である。英峰はこの澄んだ青空のように明るい表情を浮かべていたが紫苑は今にも卒倒するのではと思うほど顔色が悪い。
「いやぁ、本当にバレないもんだな」
幼馴染の顔色に気付きながらも英峰はからからと晴れやかに笑った。まるで悪戯に成功した子供のように無邪気だ。
「見事なまでに男だと思われたな!」
あまりにも大きな声で発言するので急いで紫苑が「誰か聞いているのか分からないから」と咎めるが気に留めることもしない。
「ねえ、英峰」
喋るたびに胃の腑がきりきりと音を立てるので紫苑は服の上から抑えた。若干の気休めにはなったらしく、先程よりはほんの少しだけ痛みが和らいだ。
「どうした?」
「どうした? じゃない」
紫苑は目尻を鋭くさせた。怒鳴ろうにも胃が痛くてこれ以上の大声は出せないため小声で囁く。
「いったいどういうこと?」
「とは?」
「私、言ったよね?」
英峰は首を傾げて見せた。
「お前は俺という人間を分かっていないよな」
まるで紫苑が悪いという口振りである。
「あなたって人は、なんでこう……」
紫苑は両手で顔を覆うと俯き、深く、長いため息をはいた。
二週間前、紫苑は英峰の頼みを確かに断ったはずなのに、どういうわけか紫苑は大袖の長袍に身を包み、煌雲宮の広場にて時の慶王——旺天凱と謁見もとい面談をしていた。
どうしてこうなったのだろうか。紫苑は痛みに耐えながら今朝の出来事を思い出した。
***
いつもは日の出とともに騒ぎ始める雄鶏がなぜか薄暗いのにけたたましく鳴き始めた。その鳴き声に家族や住み込みの下男下女らも異変を察知し、起床したのだろう。微かに屋敷がざわめき始めるのを聞きながら紫苑は臥台から上半身を起こした。
(女性かな。それも二人)
耳を澄ませば軽やかな足取りが二人分、こちらに近付いてきている。足取りから女性であり、鍛錬を積んでいない素人と判断するが、万が一を考え素早く剣を手に取り、いつでも抜刀できる体制をとった。
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