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3年生編 ① : 牛に引かれて善光寺参り
梅雨が明け、夏の蒸し暑さが本領を発揮し始めている6月末の日曜日。つい先週まで終日曇り空ばかりだった外は晴れやかで、日中は25度を超えるお出掛け日和である。
そんな休日でありながら、落ち着いた雰囲気を持つ喫茶店の窓際の四人席で、香り高い紅茶の揺らめくカップを手に、仁科諒は二人の美男と向かい合っていた。
「髪似合ってますね。大学とバイトはどうですか」
「ありがとう。バイトは特に問題ないが、大学は───周りが少し喧しいな」
そう言って苦笑を見せたのは五十鈴馨で、一年前と比べれば随分と感情表現が分かりやすく人並みになっていた。相変わらずちょっと残念で、黙っていれば完璧な美男子である。
暑くなる前にと肩まで伸びていた髪を刈り上げて、金髪に近いかった色は少し明るい程度の茶髪に変わっていた。それだけでもかなり外見の好感度は上がる。
それに加え、出会ったばかりの頃の尖っていながら冷めた雰囲気も無く、まるで本来の性格を取り戻したかのように穏やかだった。これでは、親しみのない大学で周りが放っては置かないだろう。
周りが騒がしい、とは言うが、要は相変わらず何処に行ってもモテているらしい。
そんな様変わりした馨の隣に視線を向けると、癖のある長い栗色の髪を高い位置で結った顰め面の垂れ目が、黙ってアイスコーヒーの入ったグラスを傾けていた。
中学時代の諒の元恋人の霧島蒼司は、普段は人好きする柔和な外面を貼り付けているものの、馨が近くに居ると素で終始不満そうな態度である。
「あと蒼司は生徒会入りおめでとう」
「嬉しくないし、めでたくもないよ」
溜め息混じりの言葉は心底不本意を表していて、諒はつい笑ってしまう。
2年生の5月、南ヶ丘に転入してきた蒼司は、転入して半月もしないうちから生徒会の役員に気に入られ、当時生徒会長だった馨に惚れられてしまい、諒やその友人たちも巻き込んで随分と手を焼いた過去は記憶に新しい。
それでも、紆余曲折を経て交際まで至ったはずなのだが、相変わらず甘い雰囲気は一切感じられない。
「仕方ないじゃん、直也くん海外に飛んじゃったんだし。理由はアレだけど」
つい先日の話だが、三年になって生徒会の副会長になったばかりの元会計、松尾直也が「世界のお菓子を食べたい!」という超個人的な理由で海外へ行ってしまったのである。
「俺じゃなくても良いのに」
「まあでもさ、生徒会に馴染んでたし、岩崎会長も他の生徒より蒼司の方がやりやすいって言ってたんでしょ?」
そうだけど、と小さく言った蒼司は未だに納得出来ていないようだ。馴染んでいるというよりは頼みやすかっただけじゃないのか、と思っているらしい。
最初は全力で拒否した蒼司だが、しかし直也に直接お願いされ、どういうお願いのされ方だったかは教えてくれないが、副会長になる事を承諾したのだという。
〝可愛い〟への抵抗力が軟弱である。
───と、背後から影が掛かって諒は振り返った。
「あんま騒ぐなよ」
お盆片手にテーブルの横に現れた瀬戸和史は、注文の軽食を各々の前に置きながら溜め息を吐いた。
七分シャツに黒エプロン、上げた前髪で鋭い瞳が顕になっているが年相応さも出ている事と、存分な贔屓目により諒にはとても愛らしく見えている。
バイト中の瀬戸はさっさと他の作業に戻り、その背中を見送った諒は2人に向き直る。
諒自身は喫茶店〝R〟の常連だが、今日は馨からの呼び出しで訪れていたため、昼食も兼ねていた。待ち合わせでは蒼司は当然のように馨と現れたが、引っ張られてきたのだという不満を主張している。
「で、馨先輩のお話は?」
「ああ、その事なんだが、」
お気に入りとなったBLTサンドを前に、馨はセットについてきたコンソメスープをスプーンで掬っていた。玉ねぎたっぷりのスープが湯気を立てる。
諒の催促に馨は手を止め、まるで近場のモールへショッピングでもしないか、とでもいう雰囲気で言った。
「今度の連休───夏休みになるか。四人で軽井沢に行かないか」
「あー、軽井沢は夏って感じするー・・・んぇ?」
避暑地として有名な聞き慣れた地名に、行ったことないな、と考えながら軽く返事をした諒は、しかし遅れて自分の耳を疑った。
───
2019.06~2019.08
加筆修正/2024.08~2024.09
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