3年生編 ① : 牛に引かれて善光寺参り

4/42
前へ
/113ページ
次へ
 桜井の希望に、風景とかじゃなくて良いのか聞いてみるも「それも良いけど皆が楽しんでる様子が見たい」とすぐに返事が来て、なぜかその文中に妙な他意を感じたものの、まあいいかと楽観的だったが、人物の写真は許可が出ればね、とだけは送った。  夏期休業に入ってからは瀬戸が仁科家に泊まる事が増え、必然的に半同棲状態となった。  高校の課題は早々に終わらせ、瀬戸と専門学校の試験勉強をしながらバイトに勤しみ、休日が被った時は時間の許す限りその殆どを常に傍で過ごした。  なにせ一時的とはいえ帰る家が一緒でも、普段は互いにその時間の殆どを別の事に費やしている。たまに1日や半日何も予定がない時間が出来ると、自然と空白を埋めるように至近距離になった。  ソファに座るにも横にくっつき、瀬戸が諒を後ろから抱き締めて座り、風呂も一緒に入る。寝るときはいつも通り抱き枕にされて眠るのだが、休日のひっつき虫はお互い様である。幼馴染みカップルには磁石のようだと言われたが、あのふたりもどうこう言える距離感ではない。距離感のバグは彼らにも有効に働いているようだ。  学校が無い連休中のシフトも互いにバラバラで、片方が昼でもう片方は夕方からの日であったり、帰ってきた時にちょうど家を出る時間であることも多い。  しかし片方がバイト中はみっちり勉強に集中していたり、たまに伊織と多貴や幸春達とも気晴らしに遊んだりと、別々に行動する日が増えても何だかんだ友人を交えて充実した時間を過ごした。  それから諒は旅行の前に、馨に触発されて久しぶりに髪を切りに行った。さっぱりとした首筋を撫でながら、全体的に髪が顔にかからなくなったことで視界も開けて、蒸し暑い夏の時期には丁度良かった。  美容院はカットの後にセットもしてくれるため、互いが休みの日に合わせてデートする事もあった。触れ合っていたいから家にいることが多いものの、たまには外に出るのも悪くない。  ───旅行当日は晴天で、湿気は控えめながらその陽射しの強さで帽子は必須だった。  諒は黒い半袖にメッシュ生地で薄い白のフード付きのパーカーを羽織り、絞り上げの七分パンツは伸縮性が大変良いため、とても気に入っている。  蒸れない帽子を片手にドラム缶バッグを玄関前に置いて、貴重品を詰めたショルダーバッグを引っ掛ける。  蒼司は駅まで自転車になるので、馨が車で拾ってから南口に行くという。  何か忘れてないか、と周りを見渡す諒に、瀬戸が声をかけた。 「これ忘れんなよ」 「あ、そうだった」  戸締り確認をしてくれていた瀬戸は、その手に小さい紙袋をぶら下げている。カウンターに置いたままにしていた袋には、以前馨が訪れた際に珍しいと興味深そうに見ていた紅茶缶がいくつか入っていて、蒼司経由で貰うお菓子のお裾分けのお礼として用意したものだ。  諒は紙袋を受け取ると、ふと瀬戸の格好を見た。  藍色のタンクトップに半袖パーカーを着た瀬戸の首には、黒とゴールドの細いプレートが揺れるネックレスが掛かっている。それと同じ種類で色違いの、黒とシルバーのネックレスを諒は付けている。  これは美容院に行った時、その後に立ち寄ったアクセサリーショップで一目惚れして買ったものだ。  ペアで男女用だが、チェーンを替えれば窮屈にならず付けられるもので、文字の彫り込みもないシンプルなデザインである。  
/113ページ

最初のコメントを投稿しよう!

33人が本棚に入れています
本棚に追加