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お揃いのアクセサリーは互いに欲しいと話していたが、真っ先に候補として上がった指輪は、瀬戸に却下されてしまった。直後に、指輪は高校を卒業してからだ、と事も無げに言ったのである。それを聞いた諒は公共施設内にも関わらず、「プロポーズかよ」だの「好き」だのと本音を垂れ流しそうになったが、何とか必死に呻くだけに抑えた。
不意にそういう言葉をぶち込んで来るのだから、まったく罪な男前である。
諒は玄関の段差に腰掛けて靴を履いていると、ふとフードを軽く引っ張られて上向きに振り返った直後、可愛らしいキスが降ってきた。
自分の真後ろでしゃがんでいる瀬戸に寄り掛かると、当然のように抱き寄せられ、諒はその真っ直ぐな瞳を見つめ返す。
「、どしたの」
「なんとなく」
諒は気分屋な恋人の頬を片手で挟むと、仕返しのようなキスをしてパッと立ち上がった。
こちらを見上げてくる無防備な可愛らしさは自分だけが知っていればいい、という純粋な独占欲に笑みが深まる。
「行きますよー」
「ん、」
少し照れた様子で靴を履く瀬戸に笑みが引っ込められない。
ドラム型のバッグを肩に掛けて照り付ける陽射しの中、ふたりは駅までの道すがら蒼司と馨について自分たちが思うところを話し合った。
蒼司の顰め面が見慣れたこと、交際に進展したことを直接知ったはずなのに、何故か未だに付き合う前との変化を感じられないことなど、指摘したいが、したらいけない気がして出来ないという意見も合致した。
人通りが控えめな南口のコンビニ前、馨と蒼司の姿が見えない事を確認して、諒は端末を取り出した。5分前に一件の通知が届いていて、蒼司からの「もうすぐ着くよ」と言う知らせだった。あまり待たずに済みそうだ、と諒たちは車から見て目立ちそうな所に移動した。
それから数分も待たず、目の前の道路へ黒塗りのSUVが滑り込んで静かに停車した。
大型で車高が高く黒色も相まってか、なぜか芸能人でも乗っていそうな雰囲気を纏っている。
しかし運転席から出て来たのは、美形と持て囃される有名人やモデルに引けを取らない、むしろそれを上回る美男子である。
当然のように通りすがりの人達が馨に目を奪われ、どよめきすら上がる。立ち止まる人もいれば芸能人じゃないかと勘違いする人もいる。五十鈴の名前を考えれば有名人であっても語弊はないのかもしれないが、馨自身、自分はただの一般学生だと思っている。
「すまん、待たせたか?」
「いや全く。凄い車ですね」
「そうか? 髪切ったんだな」
「切りましたー」
「ふたりともおはよう」
助手席の窓から顔を出した蒼司とも挨拶を交わすと、「髪型合ってる、可愛い」と直球で褒められる。相変わらずの蒼司だった。
馨は車の後ろに回ると、バックドアを開いて諒たちを手招いた。ガードレールを越えて傍に寄ると、馨は中を指して「荷物はこっちな」と言った。
「はーい」
「先に乗ってていいぞ」
肩に掛けていたバッグを中に入れ、後部座席のドアを開けて瀬戸を先に乗せて続けて車内に入った諒は、全体的に黒く高級感漂う車内を見回した。
「なんか馨先輩っぽい車」
「ふふ、どういうこと?」
助手席の蒼司が慣れた様子だったので、諒はヘッドレストの間から少し顔を出して「乗ったことあるんだ?」と訊ねた。
「何回かね。気晴らしとか運転の練習に付き合って、海だとか山だとか色々」
「あれに練習って言葉は似合わねぇな」
「確かに」
運転の練習、と聞いて瀬戸が呟いた言葉に諒が同調すると、蒼司は「練習とは思えない慣れた運転だったよ・・・」と溜め息混じりに返した。
それから運転席に戻った馨の挙動を眺めてみると、確かに取得一年とは思えない熟練者のような動きだった。
「じゃあ、行くか。冷房点いてるが寒かったら蒼司に言ってくれ」
「はーい、お願いしまーす」
「・・・お願いしゃす」
斯くして三泊四日の軽井沢旅行が幕を開けた。
車酔いしやすい瀬戸は前もって酔い止めを薬を飲んでいて、馨にもそれは伝えてあるため、気兼ね無く寝る姿勢を取って既に諒の肩に頭を寄せている。
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