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「兄はよく家に来るから、蒼司を連れてくると隙を見て襲おうとして目が離せない。蒼司の家にいる方が安全だ」
「あ、そこは似てない」
馨は高校で親衛隊相手に遊んでいた前歴がある。しかし蒼司が相手となると、性的な事には真摯さや堅実さが確かにあって、焦れて無理矢理行為に及ぼうとする様子も、未遂話すら聞いたことがなかった。
弱味を握られて隠していたら分からないけれど、蒼司がそれに大人しく目を瞑って関係を持つ事はない。
諒が持つ馨の印象に、見た目に反した真摯さがある。妙なギャップの理由はそれだったのか、と諒は個人的に納得して頷く。
「なるほどねー。それ聞くと馨先輩ってなんか、すっごい純情だよな」
「ふはっ」
「じゅ、・・・純情では、ないぞ」
思った事をそのまま言えば、蒼司が小さく吹き出して馨の焦り声が帰ってくる。
高校時代の爛れた関係を考えれば馨が純情でも純粋でもない事は分かっているのだが、しかしそれが蒼司に限っては不思議と純情に思えたのだ。
高速に乗ってからも過去を掘り返したり大学や仕事の話など世間話を軽く交わし、途中で休憩がてらサービスエリアに寄った。
空きスペースにバックで駐車している間、諒は寝ている瀬戸の肩を軽く叩くと、あっさりと瞼が開く。状態を確認するために横から覗き込む諒の額に躊躇いなくキスをした瀬戸は、まるで海外の挨拶のような気軽さである。
「おはよ、大丈夫?」
「ん、すげぇ楽だった」
「先輩の運転が上手いからだな。サービスエリアで休憩だって、外出る?」
「出る」
あっさり起きたとはいえ、若干寝起きの対応が残っている。普段の鋭さを感じない声色と喋り方に、運転席と助手席のふたりは無言で後ろを観察していた。これにツッコミを入れたら確実に睨まれるんだろうが、敢えてそうしようとする悪戯っ子の蒼司を目で制した馨は、後ろのふたりに「先に行っててくれ」と言ってシートベルトを外した。
馨の言葉に甘えて寝起きの瀬戸を連れて外に出ると、生温い空気がねっとりと肌に纏わりつくようだった。
大きめのサービスエリアには限定の甘味がよくあるので、トイレに寄ったら見てみようと他の車に注意しながら歩いていた諒は、ふと何も考えずに振り返って、すぐに前を向いた。その目は丸々と吃驚を表している。
不可解な挙動で同時に足を止めてしまった諒に、斜め後ろで固まった体を伸ばしながら歩いていた瀬戸が「どうした」と問う。
一瞬言い淀む諒だったが、隣に立った瀬戸を見上げた。
「・・・労ってた」
「は?」
「蒼司が馨先輩の肩辺り擦ってた」
「へえ」
何故か見ではいけないものを見た気分になってしまった諒だが、その新鮮な光景はしっかりと記憶に刻まれた。
そこに恋人的な雰囲気はなかったけれど、ふたりの距離は確実に近付いているのだ。
無関心そうでありながらも感心した声を上げる瀬戸は、諒の肩に腕を置いた。親しい友人関係であれば違和感のない行為も、しかし諒が反射的に前に垂れた手に触れたことで、その瞬間に女性の高い声が沸き、諒が声の方にを向けると、何人かの男女がしっかりと諒たちを見て頬を赤らめたり盛り上がっているようだった。
そこで諒は今いる所が公共施設であることと、瀬戸の長身と容姿が更にその視線を集めてしまう事も思い出した。
第三者からすれば、瀬戸だけではなく諒にもその好意的な視線は向いているのだが、そんなものを彼が認識するわけがなかった。
しかもこれから合流するであろう2人も、ずば抜けて秀でた容姿である。また有名人がどうだ、撮影がどうだのと少し騒がしくなりそうである。この時点で彼らの無断撮影を抑えているのは瀬戸の眼力と威嚇する雰囲気なのだが、それが効かない相手には諒の身振り手振りで察してもらった。
諒と瀬戸はトイレに寄ってから飲食店が入っている建物の方へ行き、飲み物と限定のソフトクリームを買って受け取りを待っていた。そこで蒼司と馨が合流したのだが、諒はその後ろの光景に呆れて言葉も出なかった。
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