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引き寄せられるように、一定の距離を取って一緒に移動してくる見知らぬ見物人を引き連れているのだが、2人とも気にしてない。それよりも眼中にないのか、そもそも馨は高校で慣れてしまっているようだ。
諒たちは高校3年の馨しか知らないが、それでも神出鬼没な彼が校舎内を歩けば似たような状況が出来上がっていた所は見たことがある。大学でもそうなのだろうか、と馨を見ていると、本人と目が合う。
「早々にアイスか?」
「食べたかったんだもん、サービスエリア限定で滅多に来ないし」
「まあ、な」
仕方ないか、と少し笑った言った馨が流れるように諒の軽く頭をぽん、としたため、予想だにしなかった挙動で諒が呆気に取られてツッコミすら出なかった。同時に周囲が色めき立つ。
しかし瀬戸が馨にでこぴんを食らわせ、そこで諒も我に返った。
「そう威嚇するなよ。蒼司は何食べる?」
「・・・鯛焼き」
「あっちだな」
でこぴん対して軽く笑って返しただけの馨に、瀬戸は「浮かれてんのかアイツは」と溜め息を吐いた。
諒はいつもよりトゲのない蒼司の素直さが気になったけれど、心に留めてふたりを見送った。旅行の話が出た後の今日までに何かあったのだろう。
アイスを受け取りながら、諒はこの旅行が2人にとっても有意義である事に安堵した。
軽食を済ませ、昼前にサービスエリアを出て目的地へと移動を再開した。これ以降は瀬戸も起きていて、ぼんやり窓の外を眺めながら諒の手で遊んでいる。諒は変わらず真ん中で、前の2人と会話をしながら前方の景色を眺めていた。
「山が目立ってきたー」
「山岳地帯だからな。と言っても、色々見て回れるところはあるぞ」
「何があるんでしたっけ?軽井沢って名前くらいであんまり知らないや。信州蕎麦とか信州味噌とか、野沢菜とかは知ってるけど」
「ふふ、食べ物ばっかりだね」
穏やかに笑う蒼司の横顔は、諒だけに向けられたあの見慣れた柔らかさで刺もない。
山や木々の目立ってきた景色を眺めつつ、有数な避暑地としての軽井沢の認識があっても行く事やその土地に興味がないと調べる事も忘れてしまうものだ。
「ほら、有名な場所なら、碓氷峠見晴台とか白糸の滝とかじゃないかな?」
蒼司の挙げた名前に、諒は少し声が高くなる。
「白糸の滝は聞いたことある」
「長倉にあるから行ってみるか。後は、美術館や教会もある」
「へえー、教会とかあるんだ」
軽井沢に教会のイメージのなかった諒だが、そもそもイメージを抱くほどの知識もない。
細道でも難無く塊を操作する馨は、有名な教会について話し始めた。
「軽井沢を避暑地として世に広めたのは礼拝堂の宣教師らしい。聖公会ショー記念礼拝堂は最も古い教会と言われている」
「ショー?」
「正式にはアレクサンダー・クロフト・ショウ氏。カナダ出身の聖公会の宣教師で、福沢諭吉の子供たちの家庭教師をしていた事もあるらしいぞ?」
「おお、諭吉先生」
「彼は体を患っていて、偶々訪れた軽井沢に魅了され生涯の避暑地にした事で、後に海外に知れ渡ったとされる。亡くなったのは東京らしいけどな*」
「ふぇ~・・・」
聞き慣れた名前があると途端に親近感の湧く話になるもので、諒の口から気の抜ける声が出た。隣の瀬戸も蒼司も「へえ」と素直に感心を見せている。
それから、と馨は1度バックミラーを見てから笑みを浮かべた。
「軽井沢には美味しいジャムが沢山ある」
「行きたい!」
途端に表情が輝き出した諒に、他3人の肩が揺れる。
「言うと思った。名産の胡桃や笹寿司も良いし、五平餅も美味しい」
「先輩そっちも詳しいんだ」
「まあ暫く住んでいたが、一応調べ直したんだ。滞在中に胡桃蕎麦も食べに行こうか。あとジャムが豊富な店な」
「わーい」
きっと食べ物に関しては諒の興味を考えて調べたのだろう、歴史的な話に興味が無いわけではないけれど、それでも魅力的であるのはやはり甘味だった。
楽しみが増えて期待に胸を膨らませていると、「歴史的建造物とか名所より食欲優先だな」と隣から聞こえて来たので、諒は横を見ずに素知らぬ顔で耳周りを擽ったが、指を噛まれた。
* Wikipedia参照
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