3年生編 ① : 牛に引かれて善光寺参り

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 ───寄り道もあって、目的地に着いたのは13時過ぎだった。  旧五十鈴邸は塩沢湖のすぐ近くに建てられていた。  途中で幾つか視界に入った美術館と大差ない敷地、低めの塀に囲われた中には整備された小さめの噴水、屋根付きのテラス、庭園も過言ではないその奥に建つのは正に小ぶりな屋敷。  洋館を模した建物はしかし鋭さはなく、風景に溶け込み夏の晴天と相俟ってか、それはまるで絵画のようだった。  駐車スペースは敷地の端にある。門扉が自動で開いた時も驚いたが、その後に見えた庭園や邸の方が衝撃的で緊張すら抱くほどだった。  諒は大きい荷物を受け取りながら全体を眺め、この敷地が馨の所有物になったという話を思い出す。 「馨先輩、本当にここ貰ったの」 「あぁ、もう親は手放したようなもんだから管理も一任されている。こっちはあまり広くはないが、頻繁には来られないから手入れが大変でな。月に一度、馴染みの業者を入れているから清掃は行き届いている」 「広くないって、充分広いんだけど」 「諒、今の家はここの二倍だよ。敷地も建物も」 「えー・・・五十鈴家こっわ」  蒼司は今の五十鈴邸に行ったことがあるとはいうが、まさかこの敷地の2倍あると言われ想像しようとするも抑止力が発生した。  考えない方が良さそうだ。 「見た目は大袈裟だが、中はそう複雑じゃないから安心しろ」  バックドアを閉めロックを掛けた馨は、3人を促して歩き出した。  屋敷の外観は二階建てで、二階部分にはバルコニーがある。とにかく部屋数が多そうな見た目をしているし、中で迷いそうな不安があった。しかし近付くにつれはっきりと見えてくるその外装は、丁寧で繊細だった。手入れも行き届いている。  低い3段を上がり重圧感のある扉の前に立つと、馨は自宅に帰ってきたような自然体で鍵を開けて扉を引いた。  両開きの扉は片方が下で固定されていて、住んでいた当時も両方開くことは滅多に無かったようだ。片方でも充分に出入りは出来るため何故両開き作りにしたのかは謎だが、この外観に合った扉を造るとなると、両開きが無難なのだろうか。  扉を抜けると、洋館とはいえ内装は日本式だった。玄関の(たた)きは滑らかで、大理石ではないものの土足で踏むのには躊躇ってしまう。  段差の先の廊下、というよりも最早ホールだが、床のフローリングはその艶で内装を反射している。靴を脱いで用意されていたスリッパを履くと、疎くても気付く質の良さに驚かざるを得ない。  広いホールには幾つかの扉があり、奥の曲がり角の先がリビングダイニングで、そこへ向かいながら馨は各部屋の案内も兼ねた。一番手前の左側にある両開きは靴用のウォークインクローゼット、手前の右側は空き部屋で、元々書斎だったという。  左の斜め奥は洋室で、襖を隔て和室と繋がっている。ホールの奥へ進むと曲がり角近くにトイレ、その向かい側は脱衣所と浴室で、右に曲がればそこは圧巻のリビングダイニングが姿を見せた。 「───う、わ・・・広っ」  空間の広さと必要最低限の物しか置いていないため、大きくない声でも充分に響く。  一階の右側は元書斎とリビングダイニングだけのようだ。  リビング側の窓は高く、カーテンはシンプルだったが平均の二倍ほどの高さでガラス一枚の幅も広い。天井が高いので陽射しが入る日中は電気を必要としない。  全面ガラス張りではないが、電気なしでそれと遜色ない明るさを出せるのは、自然光を目的とした的確な設計がゆえだろう。  右側にある大きな窓の近くがリビングで、見ただけでも感触が伝わるほどフワリとした広いラグの上には、暗い色彩の木製ローテーブルと、それを囲うようにU字の革製ソファが置いてある。  観葉植物もバランスよく配置され、壁面には薄型液晶テレビが掛かり、その下には黒い横長のラック。その奥にもスペースがあるようだが、馨には「後でな」と言われてダイニングの案内に移る。  
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