3年生編 ① : 牛に引かれて善光寺参り

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 リビングに荷物を置き、左側のダイニングに入った。 「キッチン広い、でも動きやすそう」 「そう造られているからな。機能的で使いやすい」  高めのダイニングテーブルと座り心地が良さそうな椅子が六脚、その奥に広いカウンターキッチンが鎮座している。  広い窓と向かい合わせではないが、キッチンから窓の外やリビングダイニングが一望出来る造りだ。  全体的にシンプルで実用性に富んでいるキッチンは白に統一されていて、流し、作業場と並んだコンロはIHではなくガスコンロだった。  収納スペースには鍋やフライパン、調理器具が整頓され、コンロの下にはオーブンが繋がっている。  コンロや流しの反対側にはオーブンレンジやケトルなどが置いてあり、炊飯器はその下の専用スペースに置かれ、他の収納スペースは広く可動式の仕切りがある。  上の収納には食器類が最低限入っているだけなので、広い空間に置かれている食器達が小さく見えた。  キッチンの横には両開きの大型冷蔵庫がある。普段は使わないため電源は切ってあったが、昨日の清掃に入った業者の人に頼んで、家中の家電などをある程度使える状態にしてもらったと言う。  開けてみると冷気が落ちる。新品のように綺麗で、空っぽだった。扉を閉めた諒はキッチンを見渡す。 「食べに行くのも良いけど、作りたくなるキッチンだなー」 「外食は割高だしな。後で材料買って家で作るか」 「作る!楽しみ」  こんな良いキッチンで自由に料理が出来る機会は、そう出会えるものでは無い。誰かと一緒に作るのが楽しくなる構造だと思った諒は、ここにいる間の食事は四人代わる代わるで料理を楽しもうと決めた。  次は二階だと上を指した馨に、諒はふと疑問を浮かべた。ここに来るまでに階段を見てないのである。  馨は愉しげな笑みを浮かべながら先立って、3人がその後ろに続くとリビングに戻って更に奥へ向かう。そこは、先程諒が空間に疑問を感じた場所だった。壁の裏側に隠されていた螺旋階段が姿を見せる。 「え、なんでここに」 「螺旋階段は親の趣味だ。元々リビングとダイニングの中央に置きたがっていたんだが、建設途中で置けなくなったらしくて、隠し階段みたいにしたんだと」  書斎からリビングまでの壁にはかなり距離がある。いくら右側にリビングと書斎だけと言っても、どちらもそんなに距離が開くほどの広さは取っていなかった。  階段の所にもいくつか小窓があるお陰で日の光が入り、日中は充分に明るい。夜には間接照明が点くという。  そんな隠し階段を上がると、視界一杯の窓に視線が奪われた。  リビングのちょうど真上に位置する方向に上がった先、広々とした空間はバルコニーに続いていた。  と、諒が少しの違和感を口にする。 「あれ、外から見えたやつと欄干(らんかん)が違う?」  バルコニーを指して見上げてくる諒に、馨は意外そうな顔でうなずいた。 「よく気付いたな。二階にはバルコニーが二ヶ所ある。ここは塩沢湖が見える小さい方で、玄関側で見えたバルコニーは反対側にある」 「驚きばっかりで語彙がすっ飛ぶ」 「瀬戸は喋ってすらいないな」  そこで諒が振り返ると、瀬戸と蒼司が並んでぼんやりと室内を眺めていた。馨の言葉で瀬戸は眉を寄せ、居心地悪そうに溜め息を吐く。 「・・・広いと落ち着かねぇ」 「気が合うね瀬戸君、俺もだよ」 「お前は本邸とやらに行き慣れてんじゃねぇのか」 「あの広すぎる家は慣れないよ。最近は特に行ってないから」  互いを見ない瀬戸と蒼司の淡々としたやり取りに、気分が上がっているのは自分だけなのだろうか、と諒は少し寂しくなったが、それでも険悪さのない2人は微笑ましい。  旧五十鈴邸は確かに広いが、馨の言っていた通り、想像より単純で複雑な内装でもなければ部屋数も少ない。  
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