3年生編 ① : 牛に引かれて善光寺参り

11/42
前へ
/113ページ
次へ
 何よりキッチンがとても魅力的である。自分の家では出来ない料理も作れそうだ。何より、あのオーブンを使ってみたい。  ひとり心を躍らせている諒の横で、馨が後ろに誘導する。 「二階にはバルコニーと寝室が二部屋、簡易の浴室とトイレくらいだ」 「そうなの?住んでる間の部屋はどうしてたんです?」 「一階の洋室・和室は両親、二階は俺と兄の部屋だったんだが、引っ越した後に物を運び入れて寝室にした」 「なるほど」  小さいバルコニーを背にした先には広い間隔で扉がふたつ。二階のトイレと簡易浴室は寝室の背面で、その先に正面玄関から見えたバルコニーと広い庭園が見えた。  寝室は鏡あわせの造りになっていると馨は言う。左側の部屋を覗くと、ウォークインクローゼットとローテーブルに低めのソファ、そしてキングサイズのベッドが一台鎮座していて、それが一際目立ってた。  諒の背後で同じように部屋を見た瀬戸が、小さく「うえ・・・」と嫌そうな声を出した。 「広すぎ。落ち着かねぇ・・・」  コラ、と諒が窘めるも、馨は少し申し訳なさそうに笑って肩を竦めた。 「すぐ慣れるさ。お前らの寝室はこっちな、どうせ一緒に寝るだろ」 「うん、寝る。隣は違うの?」 「隣はダブルが二台ある。一緒にならこっちで良いかと思って」  良いけど、と言いながら諒は蒼司を一瞥したが、何の違和感もなく首を傾げられたので特に何も言わなかった。  二人が一緒に寝るところは想像出来ないし、そもそも2人ともが一緒に寝る気がなさそうである。  ある程度の案内をしてもらった後、馨は家の中は自由に見て回って良いと言った。探検するのも面白そうで、少年心が刺激される。  何せ三日間滞在するのだ。やりたい事も沢山あるが、時間も沢山ある。  一息ついた頃には15時を過ぎていた。  軽井沢周辺を見て回るのは明日以降にしようと決め、その日は近くのスーパーマーケットで買い物をして、早めの夕食は家で作ることとなった。  こういった場所で過ごすなら、一度は凝った朝食も作ってみたい。色々と想像を膨らませつつ、長い時間運転してくれた馨にもう少しだけお願いしますと言うと、馨からは「夕食を楽しみにしている」と優しい言葉が返ってきた。  出会った頃とは別人のようである。  ───大型のスーパーマーケットは目移りしてしまう程に品揃えが豊富で、どれを買おうか本気で悩んでしまう。対面販売の食品店とイートインもあって、店内は中々に賑やかだ。  そしてその賑やかさは言わずもがな、店内に入る前から目立ちすぎる4人によって更にその音量を上げていた。  興味深く店内を見回りながら、必要な野菜や名産の林檎、肉や魚、調味料で不足している物もカゴに入れていく。  途中、店内で焼いているというベーカリーコーナーから漂う香ばしさが嗅覚と食欲を刺激した。朝食にどうかと諒が提案すると快諾の返事で、4枚切りの食パンを追加する。それから瓶の林檎ジュースも迷わずカゴに入れた。  馨が薦めていたジャムのコーナーは、広々としたスペースを取って多種多様に展開されたいた。王道のイチゴジャムひとつ取ってもその種類は多く目が回りそうだった。  どれも美味しそうに見えて、見慣れない種類には興味が湧く。諒が迷っていると、馨が瓶をひとつ取ると、「ここはりんごジャムが人気らしい」と言って差し出した。  諒は目を輝かせて素直にそれを受け取り、瀬戸の好みであるブルーベリーと蒼司が好きなママレード、馨はりんごバターを選んだ。小さい瓶も置いてあると、こういう時に使い勝手が良くて助かる。  土産物としても人気なようで、帰りには専門店に寄り道しようと言った馨に、諒は上機嫌で頷いた。  
/113ページ

最初のコメントを投稿しよう!

19人が本棚に入れています
本棚に追加