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具沢山の味噌汁を作った後、サーモンを刺身用に切る諒とはシンクを挟んで隣にいる蒼司は、サニーレタスを芯から取って水を張ったボウルに晒し、明日の朝に使う分だけ予め細かく千切っていた。
諒は、リビングで洋楽を流しながらポーカーに興じているふたりを一瞥し、手元に視線を戻す。
「───蒼司はさぁ、先輩に対して格好いいとか可愛いって思う時あんの?」
「えっ」
新鮮な音が一瞬止まり、刺身を皿に盛っていた諒が隣を見ると、千切る作業を再開していた蒼司はしかし手元から目を離さない。
ただ、明らかに動揺していた。
「な、なんで急に」
「いや、馨先輩に対して棘が抜けてきてるなぁって思って」
「・・・言わなきゃダメ?」
「言いたくなかったら諦めるよ」
サニーレタスを千切る蒼司に並び、シンクでまな板と包丁を洗いながら諒は言った。無理矢理聞くことでもないし、嫌なことは強制したくない。あっさりと引き下がる諒に、しかし蒼司からの応答は無い。
諒はオーブン焼きにする野菜を近くに置いて適当に切っていると、何やらばりばりとサニーレタスを千切る音の激しさが増したような気がして、横目で蒼司を見るが、やはり視線は手元に落ちたままだ。
蒼司は口元に躊躇いを乗せ、小さく唸った。
「な、い・・・わけじゃないよ」
「向こうには聞こえないから大丈夫」
「・・・、ん」
そもそも諒ですらレタスを千切る音で少し聞き取り難いのだから、離れた場所で洋楽を流してポーカーをする二人に聞こえるわけがない。
サニーレタスに対する当たりが強いのは、羞恥を誤魔化すためだろうか。珍しい感情表現に感心しながら、諒は赤いパプリカに刃を入れた。
「格好いいなって思う時は?」
「あー・・・、何か集中してる時とか、真剣な時かな」
「運転中とか」
「・・・・・・おもう」
「可愛いって思う時ある?」
「んー・・・気が抜けた時、転た寝してたり、犬と遊んでる時とか」
「あ~、子供の頃から一緒に育った犬と戯れてそうなイメージ」
馨と動物を考えた時に真っ先に浮かぶのは大型犬だったが、諒のイメージは実際のそれと違いなかったようで、蒼司は笑った。
「ピンポイントだなぁ・・・、実際そうなんだって、シベリアンハスキーすごい可愛いよ」
「ふは、似合う」
「性質がそっくりだよ」
「そうなの?」
「ハスキー全部がそうじゃないけど───飼い主に対する被褒誉欲と、頑固で独立心と自我表現欲が強い、ってとことか・・・・・・基本的に穏やかで優しいとか」
「あまりに似てるから調べたな」
「調べた」
蒼司は真顔で頷いた。
嬉しそうな諒に怪訝な顔をした蒼司だが、その表情の中にある照れが愛しくもある。そこてふと、蒼司が馨に対して可愛いと思う点にその照れが含まれて居ないと気付く。
「照れた時は思わないんだ?」
「それはなんか腹立つ」
「ええ・・・」
「照れるタイミングが謎過ぎて」
「ああ・・・そう・・・」
しかし思っていたよりもしっかりと意見が返ってきた事の驚きはあったけれど、蒼司がちゃんと馨を見ているのだと知った喜びの方がやはり大きかった。
千切る音が止み、蒼司は1枚葉のサニーレタスの水気を取りながら、ぼんやりとリビングの方を見ている。
真剣な表情でポーカーをやっている2人だが、会話はしているようだ。何か賭けていたら面白いなと思いながら諒は笑う。
「じゃあ、それちょっと本人に言わん?」
「え、わっ」
自然と笑みを浮かべながら諒が言うと、バサッと音がして、蒼司の手から落ちたサニーレタスがシンクに散らばっていた。
「焦るなぁ」
「だって、」
水を当てた葉を揺らす蒼司の顔は、若干赤みを帯びている。
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