3年生編 ① : 牛に引かれて善光寺参り

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「でも蒼司、そういうこと何も言ってないでしょ。一ヶ所くらい褒めようよ」 「そ、うだけど・・・む、むり・・・っ」  クッキングシートを敷いた天板に野菜を並べ入れ、オリーブオイルを垂らし、オーブンに入れてスイッチを入れた。オーブンには細かいコースがあり、焼き野菜用まで用意されている。  水気を切ったサニーレタスを密閉袋に入れて空気を抜く蒼司に、諒は足踏みして進まない背中をちょっと押すついでに意地悪することにした。もちろんそれは愛のある意地悪である。 「三日目の夜までに言えなかったら、その夜は部屋交換して、ふたりが同じ布団で寝るようにしよっか」 「えちょっ、えっ!?」  蒼司が唐突に声を張ったため、さすがにリビングの方にも届いたようでキッチンの様子を伺うふたりだったが、特に問題はなさそうだと思ったのかすぐにトランプへ意識を戻した。その場にいる人間の洞察力が優れていると、すんなりと物事が進むらしい。  何を言い出すんだ、という顔でこちらを見る蒼司に諒は笑みを返す。 「じゃあ蒼司は先輩の事を褒めたりしてる?」 「・・・してない」 「蒼司、お互いに向かって行かないと」 「分かってる・・・がんばる」 「俺から見れば頑張ってるよ、二人とも。 日頃の礼と慰労旅行とは言われたけど、でも俺はこの旅行中にふたりの背中をガンガン押すつもりだ」 「え、えー・・・でも、そんなすぐどうにかなるとは思えないよ」 「俺も思ってない。提案するだけ」  だからそんなに構える必要もないよ、と諒は穏やかな顔を見せる。  進みたいと思っているのに怖がって足踏みしたり、座り込んで現状維持に保とうとしている馨のことや、戸惑いが先行して行動出来ない蒼司に重い腰を上げて前進してほしい。その心を分かっていても自分の心に素直になれないふたりの足は重い。  ほとんどの場合、諒の言動は相手にとって単純にお節介なことだ。しかしこれが彼らには特別必要でもある。  切っ掛けがないと進めないなら、そのきっかけくらい、いくらでも作りたいと思っていた。 「でも、いらないなら何もしないよ。お節介なしで見守ってる」 「う・・・・・・、」 「そうじゃないんだろ? 蒼司は」 「・・・どう応えたら良いか分からなくなるんだ、今まで拒絶してきたせいかな」 「それはあの人が悪いから。ただ、自分の気持ちに戸惑っても、それを否定しないで」  自分の気持ちに嘘をつきたくない。  それは過去、蒼司が諒に告白した時に言った言葉だ。  小さく頷いた蒼司は、サニーレタスを入れた密閉袋を野菜室に入れ、静かに背後から諒に抱き着いた。  一瞬洗い物の手が止まるが、邪魔にならない体制ということもあって、そのまま作業を続けているとそれを見たふたりが同時に顔をしかめた。 「堂々と浮気すんな」 「何をしているんだお前ら・・・」 「浮気じゃないですー、慰めてるんですー」  ふざけた声で諒がふたりに応え、蒼司の腕を軽く叩いた。すんなりと体を離した蒼司には野沢菜漬けを切ってもらう。  ちょうどよく米も炊けて、夏野菜のオーブン焼きも調理を終えた。  冷蔵庫に保存していた刺身盛りと、人数分の食器、取り皿や箸などをカウンターに出した諒が「運んでー」と言えば、トランプを片付けたふたりがまだ納得いかない顔でキッチンに来る。 「なにか失敗したのか?」 「してない」  焼き野菜の大皿を持った蒼司に近付いた馨だが、蒼司は素っ気なく顔を逸らしてダイニングのテーブルに移動してしまう。照れ隠しの顰め面は分かりやすい。  金魚のフンのように引っ付いていく馨は、迷わず他の大皿を運んでいった。そんな馨の背中はどこか子供っぽく見える。 「───何の話したら慰めになるんだ」 「足踏みしてる二人の話。背中押さないと進めないみたいだからさ」 「ああ・・・」  カウンター越しに食器を手に持った瀬戸の疑問に返すと、瀬戸はすんなり納得したのか少し笑った。  
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