3年生編 ① : 牛に引かれて善光寺参り

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 ───夕食を済ませた後は瀬戸が片付けを買って出て、馨が浴槽に湯を張りに浴室へ向かう。  湯が張り終わるまでそう時間は掛からないため、洗い物をする瀬戸に近いダイニングテーブルで3人は簡単に終わるババ抜きを始めた。すぐ終わる事に違いは無いが、主に馨の引きの悪さでトランプは盛り上がった。 「なんで先輩そんな引き悪いん」 「あんた手元に残りすぎじゃね?ポーカーは強かったくせに」 「分からん・・・、もう一回」 「もう3回目なのに、上がってないの馨さんだけだよ」  馨だけが一度も上がれないまま、しかも手札は常に誰より多く、必ずババを取るという引きの悪さである。  トランプを混ぜながら悔しそうに言う馨は、どうしても一回くらいは上がりたい、と意固地になっている。  この引きの悪さでも、先程瀬戸とやっていたポーカーは五回やって全勝しているというのだ。なぜだ。  馨がトランプを分けている間、諒はスーパーで買った林檎ジュースの入ったコップを傾けた。今まで飲んだことがある林檎ジュースとの明確な違いが感じられる。酸味と甘味がバランスよく味覚を刺激して、その香りまで美味しい。 「よし、瀬戸も来たし、やろうか」 「まだやんのか」 「ういー、さっきと逆回りで良いよな」 「じゃあ俺からね」  洗い物を終えた瀬戸も参加して、蒼司、瀬戸、諒、馨の順に引いて行き、各々が手持ちで被ったトランプをテーブルに出す。ババを誰が持っているのか分からない、全員がポーカーフェイスを貫いている。  しかし馨を除く三人が次々に手札を減らしていく中で、何故か馨だけ手札の減りが遅い。 「ねー、なんで先輩そうなるん?」 「俺が聞きたいんだが」 「馨さん早く引いて」 「ああ、」 「───ふっ」 「・・・・・・」 「アンタ今ババ引いただろ」 「はい、上がり」 「また蒼司一番手かー」  普段のポーカーフェイスはどこへやら。蒼司が持っていたババを引いた馨は、案の定手札が増えただけで、その後もババがその手から離れる事はなかった。  お風呂が沸いたお知らせが流れ、諒は引きの悪さに疑問を残した馨を風呂に促す。また後でやる、と言うので「分かったから早く行け」と瀬戸にどつかれていた。  馨がタオルを首にかけてリビングに戻ってくると、3人は真剣な顔でトランプタワーを作っていた。 「次、風呂いいぞ」 「はーい、でもちょい待ち」  順番に組んでいるのか、蒼司がひとつを組むと次は諒が三角を作って、更に瀬戸が慎重にトランプを立てる。  そんな後輩3人組を見る馨の目は、以前までは無かった兄のような温かさがあった。無言で静かに携帯端末を取り出すと、カメラを起動して音の出ないよう設定を変えてから少し離れてダイニングテーブルの様子を撮影した。  真剣な顔の後輩たちは、普段から同世代よりも落ち着いている3人でいるけれど、この瞬間の彼らの顔は、純粋な面白さを楽しむ年相応の男子高校生そのものだった。  トランプタワーは四段目の途中で呆気なく崩れてしまったけれど、集中が切れた3人の脱力はひと仕事終えた戦士のようである。 「俺はあとでいいよ」  トランプを纏める蒼司の言葉に甘え、諒は固まった首や肩を解しながら席を立った。 「んじゃ、瀬戸行こー」 「ん、」 「えっ」 「ちょっと待て」  体を伸ばしながら瀬戸を呼んだ諒も、平然と返事をした瀬戸も、どちらも自分の言動が無意識だった事に気付いていなかった。  蒼司の吃驚と馨の制止により、そこでやっと自覚した。 「お前ら一緒に入るつもりか」 「そうだった、ごめん、つい癖で」 「くせ・・・?」  やっちまった、と笑う諒だが、困惑するふたりは納得していない。 「取り敢えず諒は風呂行ってこい。瀬戸は残れ、聞きたい事がある」 「はーい」 「・・・・・・」  馨の聞きたいことなどひとつだ。心底面倒臭そうな瀬戸の肩に手を置いた諒は、視線だけで謝罪した。それを安易に察した瀬戸も溜息を返し、着替えを持って浴室に向かった諒を見送った。  
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