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諒は心の奥底から湧き上がる疼きに笑みが浮かぶのを必死に抑えようとしたが、上手くいかずに口角が上がる。
どうしてこう、今までに無かった反応を返されると追い込みたくなるのだろうか。特に蒼司と馨は攻め甲斐がある。性格が悪いとは言わせない。だって反応が可愛いのだから仕方ない。
返事が出来なくなっている蒼司に、諒は追って質問をぶつけることにした。
「そもそもしたことある?」
「あ、あるよ!・・・い、1回は」
意地を張っているわけではないようだ。ホッとするものの、それでも一回だ。付き合い始めたのは進級前、三ヶ月くらい経っているが、実際はそんなものだろうか。
恋人関係の進行状況なんて決まりは無いし、本人たちがそれで納得しているのなら何の問題もない。このまま自然に任せてしまう方がいい。
とはいえ、馨を思うと彼ならキスくらい何度か迫りそうなものだが、しかし何故か尻込みしている雰囲気がある。そもそも馨から蒼司に触れる様子がまるでない事にもなにか関係があるのかもしれない。
「それっていつ?」
「・・・ホットケーキパーティしたとき」
「───ああ、」
ホットケーキパーティは、進級前の春休みに蒼司が連絡もせず仁科家に突撃してきた休日のことである。つまり彼らが恋人関係に落ち着いたあの日だ。
「俺の部屋でか」
「諒の部屋で」
関係をはっきりさせろと話し合いをさせたのは諒だし、部屋を使っていいとは言ったけれど、馨は蒼司とのファーストキスが元彼の部屋で良かったのだろうか。
しかし元恋人云々については、もう気にしていないというか忘れてすらいそうだ。気にしなくていいだろう。
しかし一度か。と諒は視線を天井に向けた。口に出ていたのか顔が物語っていたのか、蒼司から不思議そうな声で名前を呼ばれ、外していた視線を戻す。
「蒼司、馨先輩は頑張ってると思う?」
「え、うん。まぁかなり」
「そっか、よかった」
不可解な質問にもあっさり答えてくれた蒼司だが、意図が分からない、という疑問を抱えたままの表情である。
今まで散々読んできた諒の意図が読めなくなったのは、蒼司の意中が諒よりも馨に寄っている証拠だ。
「この旅行中にさ、もう一回だけでもしてみない?」
「なにを?」
「キス」
「えっ」
この短時間で何回この吃驚した声を聞いたことか。楽しくて嬉しくて仕方がないのだけど、それは一先ず端に置いて、諒は目を見開いた蒼司に笑みを向けた。
「頑張ってる先輩にさ、御褒美あげよう。何か悩みがあるのは分かったけど、接し方で悩むならまず距離開けて留まっても進まねぇじゃん?」
「後で聞くって言ったのに何で分かるの」
「勘」
「本当に諒はそういう所あるよね」
「ん?」
「周りに関しては鋭い」
周りに関しては、という言葉に引っ掛かりを覚えたが、自分へ向けられる意識には疎いということは過去を振り返れば否定出来ない。「足踏みしてるんでしょ」と諒が言うと、蒼司はまた目を逸らしてしまった。
「そ、うだけど」
「蒼司、」
名前を呼ぶとこちらを見るが、その目は躊躇いが多く含まれている。自分から出来る自信がないのかもしれない。何も言わずに見つめたままでいると、諒が言いたいことを察したのか溜め息を吐いた。
「・・・分かってるよ、思ってるだけじゃ伝わらない、でしょ」
「そう。 んで言葉だけじゃ伝えきれない事もある。お互い頑張ってるのは見てて分かるからつい余計なこと言っちゃうんだけどさ」
そう言うと蒼司は首を振って「いいよ」と苦笑してお節介を許してくれた。
「ごめんね、いつも世話かけて」
「二人が歩み寄ろうとしてて踏み出せないなら手助けしたい。幸せになってくれんなら、世話くらいなんて事ねぇよ」
ありがとう、と笑った蒼司はいつもの柔らかい空気を纏っていた。戻っていく背中を見送り、諒は自分の服に手をかけた。
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