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諒が浴室へ向かった後すぐ、バスタオルの場所を教えて居なかった事に気が付いた蒼司がその背を追って席を外した。
誘うことが癖になってしまうほど瀬戸と諒が一緒に入浴している事実を知った馨は、聞きたい事があるのにも関わらず沈黙したまま向かい側で配り終えたトランプの手札を眺める瀬戸を一瞥して、躊躇いがちに口を開いた。
「・・・お前ら一緒に風呂入って、本当にそれだけか」
「は?」
疑惑を乗せた声に瀬戸が手札から視線を馨に移すと、やけに真剣な眼差しで見てくる瞳と目が合う。
「一緒に入って、何もないのか」
恋愛感情に於ては諒に一直線で他を顧みない瀬戸である。
入浴の為とはいえ互いに全裸で恋人と過ごすなど、普段見ている限りではあっさりしている(ただし愛情表現は濃い)ふたりでも、触れたくなるに違いないと馨は思っていた。
何もないのかと問われた瀬戸は記憶を探るように視線をさ迷わせた後、該当する出来事を見つけたのか力無く「あー」と声を出す。
「最初はあったけど、それ以降は何もねぇな。普通に風呂入ってる」
聞きながらその目を凝視していた馨だったが、瀬戸の言葉に誤魔化しも嘘も含まれていない事を察して視線を下ろした。
そもそも彼らはそんな嘘を吐かない。方便としてはあるかもしれないが、こういった場面で嘘を吐く事を無意味だと思っているふたりである。疑う理由は無かった。
そうなのか、と呟いた馨に対して瀬戸は言葉の含みを感じて訝しげに眉を寄せた。
「なんだよ」
「いや、よく耐えられるな、と」
「慣れた」
「・・・」
慣れるほど入ってるのか、と馨は浅く溜め息を吐いた。
彼らは心身が伴って密接しているとは思っていたしそれは馨が憧憬すら抱く程で、慣れたとはいえ互いの気持ちの熱は増していく一方に感じる。
恥じらいは無いのかと思えば会話だけでも純粋な恋慕を滲ませた表情をするし、諒と瀬戸の感情変化の境界線は馨からすればよく分からなかった。
単純に感心している様子の馨を眺めていた瀬戸は、ソファの背凭れに体重をかけて何の気なしに言った。
「あんたらは入らねぇの」
「えっ、いや、入れないだろう・・・」
唐突な問いに戸惑いながら答えた馨に対して、瀬戸はあまり興味を示さないまま「入れない」という言葉の理由に、蒼司が嫌がるからなのかどうかを続けて問うた。
瀬戸からすれば入る入らないはその二人の自由だったし、どんなにお互いに想い合っていても度々風呂に入る恋人達もあまりいないと分かっている。
それに、蒼司は馨に対して辛辣な態度を変えない。何か進展があったのか最近は落ち着いているようだが、恋人に対してあの態度を貫く蒼司が入浴を了承するとは思っていなかった。
本当に付き合っているのか疑問するほど、交際前とあまり変化が見られない事もあって、瀬戸は確認として馨に聞いた。
「つかあんたら付き合ってるよな?」
「お前に引っ張られて諒の家に行った時、ちゃんと報告しただろう」
失礼な、と鋭い目を向けた馨だが、その視線を受ける瀬戸は全く気にしていない。
駅前のベンチで片膝を抱えて悩んでいた馨を見つけ、憂いを帯びた美形に見惚れた通行人が足を止めてしまうものだから、関係者と思われたくなくて一度は無視をしようと思ったが、他ならぬ恋人の頼みだった為に容赦無くそこから連行したのを思い出す。
蒼司が戻らないので再びポーカーを始めた2人は、何を言おうか考えているのかあまり集中していない。
何でも詳しく知りたいとは思っていないものの、恋人らしく見えない彼らが果たして肉体的な触れ合いをした事があるのか気になった瀬戸は、特に苦言ではないので躊躇い無く問う。
「あんたらキスしてんの」
「っ、あー・・・あの時、触れるだけなら、一回」
「小学生かよ。それ以降はしようとしたのか?」
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