3年生編 ① : 牛に引かれて善光寺参り

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 交際する事になったあの時はした、という情報に思わず突っ込みを入れたが馨の言葉の違和に向かい側を見る。  顔が迷っている。葛藤するその様子を観察していると、小さく「してない」と返ってきて、瀬戸は溜め息を吐いた。 「プラトニックかよ」 「そういうわけじゃない。ただ、どうしたら良いか分からなくなる」 「園児か」 「おい何故下がる」  性的な欲求がない、わけではないらしい。だが瀬戸からすれば彼らの行動は交際という肩書きに憧れている園児の遊びに似ている。 「今時中学生でも舌入れんぞ」 「いや、まあ、分かっている。お前はそんな感じする」  ませた中学生だった自分を思い返して呆れた声で言う瀬戸に、馨はその印象を躊躇なく伝えた。  遊んでいたのはお互い様で、互いに初めて見つけた本命に対して一途ながら、しかしその接し方は正反対である。 「俺のことは放っとけ」 「お前の事は取り立てて興味ない」  そして互いに互いの過去などひとつの興味もなかった。  とにかく、と言いながら手札を広げた瀬戸に馨は自身の手札を見せる。勝ったのは馨で、なんでポーカーだと強いんだよと先程していたババ抜きの引きの悪さを疑問した。 「なんか切っ掛けがねぇといつもアンタら進まねぇんだよ」 「お前、世話焼きが諒に似てきたな」  纏めたトランプを切ってまた配る。瀬戸の本質もあれど接し方がその恋人のようだと言う馨に、瀬戸は「一緒に居ると伝染(うつ)る」とまるで伝染病扱いである。  配られた手札を確認した瀬戸は中身の悪さに心中で舌打ちするが、表面上に変化はない。ポーカーでの引きの悪さは何も賭けていないから構わないが、一度くらいは勝ちたいものだ。  向かい側では表情の晴れない馨がいるものの、それが手札なのか話の内容なのかどうかは当然のように後者である。 「ふたりして沼に足突っ込んでンなら、そっから出る手伝いくらいしてやる」 「あー・・・いや、ありがたいがお前にまで借りをつくるのはな・・・礼の旅行なのに」  瀬戸は山札から二枚交換した。五枚の手札を並び替え、ふと思案する。向かい側で馨は手札から一枚抜き、山から一枚を引いた。 「今更。諒が気にかけてんだから、フォローくらいする」 「───・・・お前、良い奴だな」 「キモチワルイ」 「真顔で言うな。流石に傷付く」  手札を交換しようと山へ手を伸ばした時に投げられた純粋な称賛に、瀬戸は手を止めて眉を寄せた。  第三者からすれば痴話喧嘩にしか思えないのに、何故か拗れて結局こちらが世話を焼くハメになる奴に言われても正直嬉しくはない。  止まっていた手を動かし、山札からまた二枚引いて手札を確認した瀬戸は目線を横に逸らした後に向かい側を見た。  馨は手札を二枚交えている。 「とにかく、あんたはアイツに気を使い過ぎ。顔色伺いも程ほどにしとけ」 「まあその・・・(あつもの)に懲りて(なます)を吹いてしまうというか」  自嘲する笑みで言う馨は、自らの過去を悔いては罪悪感で蒼司に触れることを躊躇っている。せめて言葉では素直な気持ちを伝えられるようにと努力をしてきた結果が、現状の馨にとっては最良だった。  それを察した瀬戸は最後の手札交換に伸ばした手を止め、グラスに残った林檎ジュースを飲み干した。 「言葉だけじゃ伝わらねぇ事もあるだろ。だったら行動で示すしかねぇな」 「それはそうだが、しかし、振り出しに戻りたくはない」  自らが触れる事でもし拒絶されたら。最初の頃のように距離がまた広がってしまったら。その恐れが馨の足を止め、沼に落ち沈んだまま上げられずにいる。  そんな馨に対して瀬戸は山札から一枚手札を交換し、前屈みだった姿勢からソファの背凭れに体を預ける。 「この手札で俺が勝ったら、この滞在中に一歩でも進め。まずあんたからアイツに触ってみろ。負けても何も出さねぇけど、出来なかったら───」 「は?、いやお前これで一度も勝ってないだろう・・・しかも賭けになってない」  唐突に課せられた一方的な勝者の要求に、馨は怪訝な顔を見せる。    
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