3年生編 ① : 牛に引かれて善光寺参り

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 この短時間で繰り返されたポーカーの勝率を考えれば疑問するのも当然である。馨は最後の交換を終えた手札を確認した。 「あんたが勝てば焦る必要ねぇだろ」 「、そうだが」 「───またポーカーやってる」  そこで蒼司が戻り、2人の勝敗をソファの背に上半身を寄り掛からせて眺めた。  先に馨が五枚の手札をテーブルに出すと、スリーカード+ワンペアのフルハウスでカードが揃っている。  またかよ、とごちた瀬戸に、馨は苦笑しながらも自分の勝ちを確信したが、直後に瀬戸が出した手札は、スペード・ダイヤ・ハート・クラブのエースに加えてハートのキングが並んだフォーカードだった。 「勝ち」 「はー・・・なるほどな」  目元を押さえた馨は溜め息を吐き、道理で急に条件を持ち出したわけか、と納得した。会話を知らない蒼司だけは、少し変わった2人の様子に首をかしげた。  諒が風呂から上がると、リビングでは3人でポーカーをしていた。馨はババ抜きを諦めたらしい。  頭にタオルを被せたまま各々の手札を覗き見ると、それなりに良いカードが回っているようだった。  馨はババ抜きだとすこぶる引きが悪いくせに、交換で引いたカードは手持ちに最良のものだった。思わず馨の横で「なんでポーカーだとそうなるの」と呟いてしまうほどだ。 「先輩はババ抜きに嫌われてんだな」 「何でだろうな・・・」 「終わったら風呂行く」 「これで三回目だから出せるよ」  3人同時に出した手札は、馨がスペードのストレートフラッシュ、蒼司がフルハウス、瀬戸はフォーカードだった。 「あー、腹立つ風呂入る」 「さっきの勝ちは何だったんだ?」 「イカサマ」 「おい」  カードを山札に戻して立ち上がった瀬戸はとても良い笑顔で言い放つと、そのまま浴室へ行ってしまった。  諒がその背を見送ってソファに座ると、馨は納得出来ない様子でぶつぶつ言いながらトランプを纏めている。 「なに、なんかあったの」 「俺が戻った時にまたポーカーやっててさ、瀬戸君が勝ったんだよ。あれイカサマだったのかな」 「全く気が付かなかった」  話を聞きながらふたりの顔を眺めた諒は、それから良い笑顔をしていた瀬戸を思い出してすぐに理解した。 「嘘じゃん?」  何の気なしに言うと、馨と蒼司が揃って「なにが」と不思議そうな顔をしたので、頭を拭きながら瀬戸の意図を考える。 「イカサマ。 先輩、瀬戸となんか賭けた?」 「一方的な勝者要求はあった」 「その要求を飲むか飲まないかは好きにしろってことじゃね?」  瀬戸がなにを要求したのかは知らないが、要求を飲ませたいならわざわざイカサマだなんて不正を暴露しないし、求めた事に応えられなかった場合を考えて馨が負担に思わないようにしたのかもしれない。  なんて推測を立てる諒に、馨は要求内容を思い出しているのか少し目線を泳がせてから盛大な溜め息を吐いた。 「ややこしい・・・」 「どっちなんだろうね?」 「まあ本当のところは分かんないけど」  ぶっきらぼうだが、案外瀬戸はふたりを気にかけている。諒が蒼司に色々提案したように瀬戸も馨に何か言ったのかもしれない、と諒は満足そうに頷いた。  馨本人に聞かないと分からないけれど、馨の様子を伺うだけでも大体の予想は出来る。蒼司に接する時は少し遠慮や躊躇いが見えるし、どっちも進みたいと思いながら足踏みしてるから、不器用ながらに瀬戸も馨の背中を押そうとしているのだろう。  ずっと一緒に居るからか、ふたりへの接し方が似てきたらしい。つくづく愛らしい男である。 「よーし、神経衰弱しよう」 「そうだな、結構頭を使ったから単純なものにしよう」 「先輩ってポーカーで頭使ったの?」 「いや別の事で」 「頭使わないであの勝率・・・?」  信じられない、と言う目で馨を見る蒼司だが、諒はやはり蒼司の事か、と一瞥をくれるだけだった。  
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