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門を出たところで、お琴が待っていた。
土方は特段驚いた様子もなく、
「近藤さん、悪い」
と手刀を切る所作をする。
先ほど渡された紙片には、「お話がございますので、このあと少しお時間をいただけませんか」と記されていた。
「そこの蕎麦屋で待ってるよ」
近藤は全てを承知した顔で頷き、十間ほど先の蕎麦屋に向かう。
「こちらです」
お琴に促され、土方は人気のない路地へと入っていく。
「抜け出して大丈夫なのか」
「燭が切れたゆえ、買い求めて参りますと出てきました」
二人は路地を奥へと進む。行き止まりまで来て、
「なぜ江戸へ戻らぬ」
土方が強い調子で言った。
「京の町が気に入ったのでございます」
「多摩へ帰るんだ」
「嫌でございます」
「ここはお前がいるような場所ではない」
「どこに居ようと、私の勝手です」
「なぜ、分からんのだ」
土方はいらだった声でつづける。
「俺はお前に、幸せになってほしいのだ。平穏に暮らしてほしいのだ」
「私の幸せは、歳さんのおそばにいることです。あなたと離れたくないのです」
「言ったろう。攘夷戦争が始まれば、俺は近藤さんや沖田とともに死地へ赴く」
「それを見届けとうございます」
「駄目だ」
お琴の目に涙が溜まる。
「何も望みません。何も求めません。おそばに置いていただけるだけでよいのです。攘夷の実行まで、共に暮らすことは叶いませんでしょうか」
「くどい!」
土方は懐から巾着を取り出し、お琴の手に握らせる。
「江戸への路銀だ」
「江戸へは帰りませぬ」
「いずれ京は血で血を洗う殺戮の荒野と化す。お前は多摩ののどかな自然の中で平穏に暮らすのだ」
「無論そのつもりでした。それを壊したのは歳さんのほうです」
と、その時――、
路地の入口に人影が現れる。
人影は路地の中へとずんずん入ってくる。
二人はさっと離れ、土方は顔を隠すように走り去っていく。
お琴も面を伏せたまま路地から走り出ようとするが、人影にぐいと腕を掴まれる。
はっとして顔を上げた。
「辺見様」
辺見新十郎である。
辺見は走り去る土方の後ろ姿を見つめ、それからお琴に視線を戻す。
「こんなところで何をしているのです」
鋭い眼光で問う。
お琴は視線を泳がせ、一瞬言葉に窮するが、
「土方様と、郷里のことを話していたのでございます。懐かしい多摩のよもやま話を交わしておりました」
悪びれた様子もなく、落ち着いた声で答えた。
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