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「ありえない」 「でも、かれこれ十日も滞在なさっているのですよ」 「おそらく、長州処分案の決定を聞いて、西郷に泣きついているのだろう」 「どういう意味です?」  先日、永井尚志が新撰組の近藤・伊東らとともに広島へ赴き、長州への訊問をおこなった。その結果をもとに処分案が決定している。  内容は、藩主と世子の隠居、十万石の削減など相当厳しいもので、これを受け入れなければ、長州征伐軍を差し向けるという最後通告だ。  桂は、この条件を緩和するよう西郷に口利きを求めているのだろう。 「しかし」  とお琴は反駁(はんばく)するように言う。 「今朝になって、坂本龍馬様もいらっしゃいました」 「なに」  途端に土方の顔色が変わった。 「坂本さんが?」 「はい。坂本さんは先ほど私の顔を見て、慌てたように気まずい微笑を浮かべていらっしゃいました。明らかに私に来訪を知られたことに困惑しているご様子でした。それで心配になって急いでお報せに参ったのです。あの方なら、薩長を結びつけることくらいお出来になるのではありませぬか」  坂本龍馬は、勝海舟が軍艦奉行を罷免され、海軍操練所も閉鎖に追い込まれたことから、幕府と決別し、現在は反幕府的な立場を鮮明にしている。  その坂本と、薩長を代表する実力者ふたりが、一堂に介している。  これをどう解釈すべきか。  土方は腕組みして宙をにらんだ。  お琴が言うように、薩長同盟の策謀がうごめいているのだろうか。  しかし、八月十八日の政変で死闘を繰り広げ、犬猿の仲である薩摩と長州が、そう簡単に手を結ぶとはにわかに信じがたい。 「そんなことより……」  土方はふと、目の前のお琴に視線を戻した。 「藩邸を抜け出したりして大丈夫なのか」  もし仮に薩長同盟の話し合いが進んでいるとしたら、それを新撰組に内通したお琴はただでは済むまい。 「丁度買い物を言いつかっておりましたゆえ、それにかこつけて出てきました」 「すぐに戻れ。見つかったらまずいことになる」 「はい」  お琴は小さくうなずいて立ち上がる。 「報せてくれて、ありがとう」  土方は玄関先で、穏やかな声で礼をのべた。 「少しでもお役に立てたなら、嬉しゅうございます」 「だが二度とこのようなことはしてくれるな。お前の身が心配だ」  お琴はにっこりとほほ笑み、小さく一礼すると、屯所をあとにした。
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