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 翌日。  西郷は目覚めた瞬間からある決意を固めていた。  それが自分の中でぐらつく前に龍馬と桂を呼び寄せ、また薩摩藩家老・小松帯刀(こまつたてわき)も同席させた。  小松には事前に自分の考えを伝え了承を取り付けた上での会談だ。  一室に四人が集まると、西郷は一方的に切り出した。 「昨日一晩、頭を冷やしてじっくり考えもんした。坂本さんに言われたことを熟考し、自省する気持ちで、己れの考えを振り返ったんでごわす。……たしかに、国家危急存亡のときに、藩同士の小さな恨みつらみや因縁をあげつらっている場合ではなか。朝になっても、そん思いは変わらんやった。……じゃっで」  と、正面に座る長州の実質的責任者を見つめる。 「桂さん……過去のことはすべて水に流しもんそう。この西郷隆盛……おはんの言い分を、目をつぶって丸呑みすると決めもんした」 「ほんまか」  龍馬は驚いたように目を(みは)り、続いて両手を打ち鳴らした。  まさかそこまで譲歩するとは思わなかったのだろう。 「いやぁ、さすがは西郷どんじゃ。勝先生からさんざん聞かされちょったけんど、おまんは大した傑物(けつぶつ)じゃのぉ。いや、恐れ入った。よう決断してくれたな」  喜びのあまり、思わず饒舌になる。  両手を差し出し、西郷の右手を握って、上下にゆさぶる。 「めでたい、めでたい。こがぁに嬉しいことはないぜよ。……お互い過去にはいろいろあったろうけんど、ここは一つ、きれいさっぱり水に流すっちゅうことで、二人が笑って握手を交わせば、その瞬間、薩長同盟は成立じゃ」  西郷はうなずいて坂本の握手をほどくと、桂に向かって右手を差し出す。  顔は満面の笑みである。  しかし、桂は微動だにしない。握手を拒絶し、西郷の言葉に不服でもあるかのように、憮然とした表情で口を開く。 「同盟成立にあたって、こちらからもう一つ条件がござる。それを呑んでいただけるなら、前向きに考えてもいいです」  西郷とは正反対の姿勢である。  熱しかけた空気が一気に冷え込んでいく。 「桂さん、それはないぜよ」  龍馬が身を(よじ)るようにして言葉を発した。 「西郷どんがここまで譲歩してくれたちゅうのに、その態度はないろうが」  顔を真っ赤にして憤懣(ふんまん)をぶつける。  桂は口元を固く結んだまま、ぷいと視線をそらす。  それを見て西郷は、 「いいでしょう。どけん条件か聞きもんそう」  と太っ腹なところを示した。  顔には笑みさえ浮かんでいる。  すでに同盟への決意を固めた西郷は、なんとしてもこれを成立させる腹積もりだった。  桂は無表情のまま、静かに口を開く。
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