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「無論、朝廷に弓引くことはできぬ」
「では、慶喜様からのお話はお断りになるのですね」
鋭利な声で問いかける。
実はこの時、近藤は会津藩を通じて徳川慶喜からある申し出を受けていた。
「今や公武一和は危うくなりつつある。どうか内部に入って命がけで予を支えてほしい」
家茂亡き今、慶喜は十五代将軍に就任している。
「浪士のままでは、幕閣会議に出席させることは難しい。大名と同列の立場で政冶に関わって欲しいのだ」
そのため将軍と直接謁見できる「お目見え以上」の役職を用意するという。
今回ばかりは近藤も前のめりになっていた。
他ならぬ慶喜の申し出だったからである。
江戸の幕閣に不信感はあるものの、一会桑には深い信を置いていた。京の地で公武一和を確固たるものとしてきたのは、孝明天皇と、慶喜を中心とした一会桑政権なのである。
その慶喜が将軍となり、「公武一和実現のため幕府内部に入ってほしい」と泣きつかれては、男子として断るわけにいかない。
「伊東さん、我々は公武一和実現のために幕閣入りしようと言っているんです」
「だが一旦幕臣となれば、幕府と運命を共にするしかなくなる。万が一公武が分裂する事態となれば我々は朝敵ですぞ。勤王の志士が朝敵となって、それで面目が保てますか」
近藤は言葉に詰まり、うなり声を発して俯いた。
「では、この事態を黙って見ていろというのか」
沈黙する近藤に代わって、土方が口を開いた。
「天朝崩御の混乱に乗じ、長州と薩摩が公武分断を狙ってくるのは必定。朝廷を舞台に新天皇の奪い合いが始まる。浪士の身ではそれを指をくわえて見ているほかない。今こそ中枢に入って汗を流すべきなんだよ」
「時代はどう動くか分からない。そんな時に幕府の一員になって自らの手足を縛ってどうするんですか」
「しかし……」
「諸藩は皆、泥舟から逃げ出す準備を始めているじゃないですか。どちらにでも飛び移れるように重心を半々に置いて様子をうかがっている。そんな時にわざわざ火中の栗を拾いに行く馬鹿がどこにいますか」
「分かった、伊東さん」
黙って二人のやりとりを聞いていた近藤が口を開いた。
「伊東さんの言うことももっともだ。この話はいったん保留にして、隊士たちの意見も聞いてみよう」
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