26人が本棚に入れています
本棚に追加
「どういうことだ、近藤さん」
新天皇の誕生から二ヶ月後の三月十日。
土方は憤懣をその顔に湛えて近藤の部屋へ乗り込んだ。
そこには伊東を始めとする十数名の伊東一派が居並んでいる。
伊東の両隣には、藤堂平助と斎藤一のふたりが神妙な顔で座っている。
「局中法度を忘れたか、伊東。隊を脱する者は切腹!」
土方は刀の柄に手をかけ、居丈高に言い放った。
「分からぬ御方だ」
伊東は呆れたようにかぶりを振って言葉を継ぐ。
「脱退ではなく、別組織なのだ。したがって、局中法度違反には当たらぬ」
「そんな詭弁が通用するか」
「事実なのだから仕方あるまい」
土方は近藤に視線を移す。
「近藤さん、あんたが許可を与えたというのは本当か?」
「ああ」
近藤は腕組みし、目を閉じて頷く。
「一体、何を考えてるんだ」
再び伊東に向き直ると、
「近藤さんが許しても、この俺が許さない」
「あんたに権限などない。総長はあくまで近藤さんだ」
「黙れ」
「貴様こそ黙れ。副長の分際で何様のつもりだ」
「なんだと」
「歳さん」
と、近藤が口をはさんだ。
「伊東さんたちは薩長の動きを探るため、分派活動をしたいと言ってるんだ」
「薩長の動きを探る?」
「左様。拙者は訊問使として広島入りした際、長州の藩士らと親しく交流を持った。江戸では道場に長州藩士が多数在籍していた」
「それがどうした」
「彼らに再び接近して情報収集しようと思うのだ。そのため新撰組を脱退したように見せかけ、彼らを信用させる」
近藤が補足するように、
「伊東さんたちは孝明天皇の御陵衛士という名目で隊を離れるのだ。すでに朝廷より拝命を受けている」
「先帝の墓守という立場で相手を油断させ、得た情報を近藤さんに流します」
「騙されんぞ」
土方は伊東をねめつけた。
「薩長に接近して、新撰組を裏切る気だろ」
「土方さん、少しは人を信用した方がいいですよ」
言ったのは藤堂平助だ。
土方は藤堂を見すえると、
「お前は試衛館一門ではなかったのか。いつから伊東一派に鞍替えした」
「私は試衛館でも伊東一派でもない、新撰組隊士です」
最初のコメントを投稿しよう!