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土方は自室へ戻ると、この事態にどう対処すべきか思いを巡らせた。
伊東が事実上、反旗を翻したことは疑いようがない。
試衛館出身の藤堂と斎藤が行動をともにしたという事実が、ことの深刻さをあらわしている。
御陵衛士という役職が朝廷の正式な許可を得ている以上、近藤がいうように伊東らを局中法度違反で処罰するわけにはいかない。
それを計算した上での狡猾な行動なのだ。
このままでは、伊東によって新撰組は徐々に浸食されていくだろう。
「あのぉ……」
背後からふいに声がかかった。
ふりかえると、若い隊士が立っている。
「なんだ」
「お琴さんという方がお見えになっています」
「お琴が……?」
「いかがいたしましょうか」
「こちらへ通してくれ」
「はい」と一礼して、隊士は出ていく。
いったい、何の用だろう。
前回、二度と屯所には来るな、とあれほど言い含めたはずなのに……。
しばらくして、隊士がお琴を連れて現れる。
隊士を帰し、障子を閉めてお琴とふたりきりになった。
「どうした?」
「是非、お伝えしなければならないことがありまして」
切迫した声だった。
「なんだ」
「はい」
とうなずいて、言葉を継ぐ。
「薩摩藩は長州と手を組み、新天朝と将軍を分断して政権を奪い取るべく動いています」
「そんなことは分かっている」
土方にとって既知の事実である。
「だから今、朝廷内で激しい攻防が繰り広げられているのだ」
「天朝はすでに、薩長の側についたようでございます」
「なんだと」
土方が鋭い声を発した。
「まことか」
「剣術指南役の辺見様から伺いました」
「辺見……」
「もしも天朝が長州に与すれば、新撰組は朝敵となってしまいます。それではあんまりだと思いまして」
土方は一瞬、宙をにらんで思考を巡らせるが、すぐにお琴を見て、
「心配ない。大丈夫だ」
と安心させるようにいった。
「でも……」
「今、慶喜様が必死に巻き返しを図っている。有力公卿をこちらに取り込めば、いくらでも逆転できる。勝負はこれからなのだ」
「そうでしょうか」
お琴は疑問を呈するように言った。
「案ずるな。それより早く戻れ。我々と内通していることが知れれば命はないぞ」
「私はもう、どうなってもいいのです」
「馬鹿をいうな」
お琴の無鉄砲さに思わず声が大きくなる。
「歳さん」
お琴は潤んだ瞳で土方を見つめた。
「船から降りるなら、今しかございません。あなたが乗っている船は、すでに沈みかけているのですよ。こんなことをおなごが申しても取り合っていただけぬかもしれませぬが――降りることも、また勇気でございます」
「新撰組を捨てよというのか」
「ともに多摩に帰りましょう」
「無茶をいうな」
土方は苦笑する。
「逆賊の汚名を着て、死んでいくつもりですか」
「逆賊になどならぬし、死にもせぬ」
土方は鷹揚に笑った。
「でも……」
「俺は最後まで新撰組と命運を共にする。それ以外に生きる道はない」
「……そうですか」
お琴はうつむいて、諦めたようにいった。
土方の性格を知り尽くす彼女としては、これ以上言っても無駄だと分かっているのだろう。
「私から申し上げることは、それだけでございます」
「うむ」
「それでは……わたくしは、これにて」
踵を返し、立ち去ろうとする。
「待て」
背中に声をかけた。
お琴が振り返る。
「わざわざ知らせてくれてありがとう」
彼女の気持ちがうれしかった。
命の危険もかえりみず駆けつけてくれたことに心がふるえていた。
「だが、これ以上の内通は危険だ。今や、薩摩と新撰組は敵同士なのだぞ」
「分かっております。でも、私が歳さんのために出来るのは、この程度のことしかありません。少しでもお役に立ちたかったのです」
強い意志を秘めた瞳で言うと、彼女は一礼して部屋を後にした。
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