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「俺はもう駄目だ」
「また、そのようなことを」
「本当だ。もう長くない」
「怒りますよ」
と口先を尖らせる。
「さよには、もうどこにも行くところがないのです。沖田様しかいないのです。生きて、私を幸せにしてください」
沖田は弱々しくほほ笑むだけで、答えようとしない。
その瞬間――、機をはかっていたかのように、土方が柱の陰からひょいと姿を現した。
「よお」
たまたま通りかかった風を装い、笑顔で語りかける。
「あ、土方さん」
二人は同時に気付き、ぺこりと一礼した。
土方は庭へ降り、ふたりに近づいていく。
「さよさん、いつも済まないね。沖田が世話になっています」
心から謝するようにいう。
「土方様。聞いてくださいよ」
さよは告げ口するように口を開いた。
「沖田さんたら、私の前だと甘えて、すぐに弱気なことばかり言うんですよ。俺はもう駄目だ。もうすぐ死ぬって」
土方はからからと笑う。
「お前が労咳くらいで死ぬタマか」
沖田は何かいおうとするが、すぐに胸を波打たせ、咳き込んでしまう。
「さ、お部屋へ戻りましょう」
さよが腕をとり連れて行こうとする。沖田はそれをふりほどいて、
「土方さんと話があるんだ。さよは先に戻っててくれ」
「でも……」
さよは躊躇し、土方のほうを見る。土方がうなずくのを見て、了解した顔で一礼し、その場を去っていった。
さよの姿が見えなくなるのを確認してから、沖田は土方に向き直る。
「伊東さんたちが、別組織を立ち上げたそうですね」
「ああ、孝明天皇の御陵衛士になるという名目でな。――どうせ薩摩か長州と裏でつるんでいるんだろう」
「放っておいて大丈夫ですか」
「朝廷から拝命を受けていて、切腹を申し渡すわけにもいかないんだ」
土方は苦笑しながらいった。
「すみません。こんな大事な時にお役に立てなくて」
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