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   十日後、土方は近藤に呼ばれて彼の別宅(休憩所)を訪ねた。  玄関に入ると、明らかに近藤のものとは異なる、男ものの履物が三つ並んでいる。  どうやら先客がいるようだ。そう思って履物を脱ごうとした時、奥から伊東甲子太郎が赤ら顔で現れた。藤堂と斉藤も一緒だ。 「いやぁ、これはこれは土方さん」  伊東は上機嫌で言った。「近藤さんがお待ちかねですぞ」  藤堂と斉藤は、土方に軽く会釈するだけで目を合わせようとしない。  三名はそのまま別宅を後にした。  土方は深雪太夫に案内されて居間に通された。 「よぉ、歳さん」  近藤もかなり出来上がっている。  頬のあたりが真っ赤だ。 「何の用だい」    土方は硬い表情のまま向かいの席に腰を降ろす。  伊東らの食べ残しや猪口(ちょこ)がそのままになっている。太夫がそれを片付け部屋を出ていく。 「伊東たちが来てたようだな」 「ああ、そうなんだ。定期的に薩長の情報を上げてくれている。頼りになるよ」 「ふうん」  気にしていない風を装って、そっけなく返した。 「で、今日、歳さんを呼んだ用件なんだが」  近藤は改まった態度で姿勢を正すと、土方をまっすぐに見た。 「慶喜様から再三要請されている……新撰組が幕臣になるって件なんだがね」  一瞬、言葉を区切ったあとで、 「あれ、受けようと思うんだ」  さらっと、自然な発声で口にした。 「えっ。……本当か」  土方は驚いて目を(みは)った。 「浪士のままでは、この局面をただ傍観しているしかない」 「その通り。薩長の思う壺だ」 「公武一和を死守するため、火中の栗を拾うべきだと決断した」 「そうか」  土方は弾む声で返した。「俺に異存はないよ」  公武一和に一縷でも望みがある以上、そこに賭けるべきだと土方も考えていた。 「問題は、そうなった場合、組内からどの程度の脱隊者が出るかという点だ」  近藤は心配そうに「どう思う?」と訊ねた。  隊内には伊東に心酔する勤王派がまだ相当数残っている。「武士は二君に仕えず」の原則論に固執する者も多い。 「おそらく、三十数名……いや、四十を超えるかな。引き締めをはかって、なんとかその半分程度に押さえ込めれば上々、ってとこだ」 「十以下に押さえたい」 「十以下か……」  土方は渋い顔で首をひねる。 「ううむ」 「難しいか?」 「伊東たちの分派活動を許したことが痛いよ。伊東が許されるなら自分たちもと、伊東のもとへ糾合(きゅうごう)を求めて走る輩が続出する恐れがある」 「それは心配しなくていい」 「なぜだ?」 「伊東さんとの間で、追加離脱者は受け入れないとの申し合わせができている。今後脱隊者が出ても、伊東さんの組織には入れない」 「伊東は承諾したのか」 「ああ」 「そうか」  土方は少し考えてから、 「だったら、十以下に押さえ込めるかもしれないな」  頭の中で計算しながら言った。
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