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   六月十日。  新撰組が幕府の一員として取立てられることが正式に決定した。  上洛以来堅持してきた浪士としての矜持を捨て、新たな組織に生まれ変わったのだ。  近藤はもはや、仲間内の代表ではなく、将軍との謁見も許される上級旗本や譜代の小藩主並の隔絶した地位を得た。  「今や皇国存亡の危機にある」  近藤はその日、隊士たちを前に声を張り上げた。 「孝明天皇の叡慮は終始一貫公武一和であった。しかし孝明帝亡き後、それを踏みにじろうとする勢力が朝廷内を跋扈しておる。俺はそんな逆賊どもに戦いを挑むため、幕府の(ろく)を食むことをここに決断した次第である」  あくまで公武一和のための幕閣入りであることを強調した。  これには一定の効果があった。  脱隊者を茨木司、佐野七五三之助、中村五郎、富川重郎らわずか十名に抑え込むことができたのだ。  彼らは局を脱し、伊東のもとへ糾合(きゅうごう)を求めて(はし)ったが、近藤との約束に縛られる伊東によって拒絶されてしまう。  ならばと京都守護職へ新撰組離脱の嘆願書を提出するも、松平容保によってはねつけられた。  進退窮まった彼らは、茨木、佐野、中村、富川の四名が切腹、他の六名は追放処分という憂き目を見た。
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