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           文久三年(一八六三)といえば――、  ペリー率いる黒船艦隊の来航から数えること十年。明治維新までわずか五年と迫った年である。  その二月十日。  ところは中仙道本庄宿(埼玉県本庄市)。  星明かり一つない、まるで暗幕を張ったようにのっぺりと不機嫌な空のもと、町の中心部は赤々と燃えていた。突如として巨大な炎が出現したのだ。    本庄宿といえば、千に近い家々が軒をつらね、大小五十の旅籠を有する中仙道随一の宿場町である。その中央で火災が発生したのだからたまらない。    火事だぁ。火事だぁ。    途端に町中が騒然となった。人々はめりめりと音を立てて火柱を上げるその場所へと走った。  見ると、旅籠が密集する街道上に、かがり火が焚かれている。  火事ではない。かがり火だ。  だが尋常なものではなかった。  くべられているのは薪や小枝の(たぐい)ではなく、柱や壁、あるいは引き戸といった家屋を構成する材木類である。浪人風体の四人組が新たな柱や扉を次々に運んでくる。 「おやめくださいまし」 「あんまりでございます」  若い農夫とその妻が、泣きながら四人組の先頭の浪人に縋りついた。別の中年農夫ら数名も現れ、土下座して行く手を塞ぐ。 「お願いでございます」 「ご勘弁ください」  「どけ!」  浪人は農夫らを睨め付けるように吼えた。 「我々は、尊皇攘夷の志士であり、大樹公(将軍)の警護役として京へ上る浪士組であるぞ」 「だからといって、人の家の納屋を勝手に壊していいという法はありますまい」  若い農夫が勇気を振り絞るように浪人を見据える。 「なに」
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