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「では攘夷の実行を約束せよと申されるか。そうなれば(いくさ)ですぞ。横浜で英艦隊と一戦交えることになるのです。阿片戦争の二の舞となるのは必定」 「何か手があるはずじゃ」 「いかなる手です」 「攘夷の約束はあいまいにして、江戸へ戻ってエゲレスと講和を結ぶのだ」 「馬鹿な」  と春嶽が吐き捨てた。 「この期に及んで、さような姑息な手が通用すると本気でお思いか。朝廷の背後には長州が付いているのです。返事をあいまいにしたままの帰国など許されようはずがない」 「しかし、政権を返上するなど狂気の沙汰」 「方便です。そこまで事態が切迫していると孝明天皇にお訴えするのです」 「あの(みかど)が分かってくださるとは到底思えぬ。心底、異人を毛嫌いしておいでじゃ」 「それでも誠意を持って、正直に申し上げるほかありませぬ」 「得策ではない」 「慶喜殿はこの国の置かれた状況の深刻さが分かっておられぬ」 「なに!」  いくら話し合っても、二人の意見は平行線のままだった。  松平春嶽は、幕閣の中でも勝海舟と並び称される開明派の一人。  慶喜に限らずこの時点で彼の意見に賛同する者はほとんどいなかった。  老中たちからも反対に遭った春嶽は、 「では、(それがし)は辞めさせていただく」  と衝動的に職を投げ出し、将軍の上京を待つことなく、そのまま越前へ引っ込んでしまった。  この時期の幕府は、未曾有の事態にどう対応していいか分からず、混乱の極みにあった。      
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