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浪人は吊りあがったまなこで睨み返した。
「誰のお陰で安心して暮らせると思ってるんだ。俺たちが夷てき(異国)の侵入から貴様らを守ってやってるんだろう。納屋の一軒や二軒でがたがたぬかすな」
そのまま材木をかがり火にくべようとする。
「お願いでございます」
「まだ言うか!」
浪人は中年農夫を蹴りつけ地面に這わせると、手にした材木を投げ捨て、今度は若い農夫の首根っこを引っつかんで振り回し始めた。怒りに任せて顔面を何度も殴打する。鼻から鮮血を噴き出し倒れこむ若者をさらに右足で蹴り付ける。
「何をしている!」「やめんか!」
後方から鋭く尖った声がして、三人の武士が駆け込んできた。
「新見君、一体どういうことだ。説明したまえ」
中央の武士が一歩前へ進み出て叱責するように言った。一人だけ黒紋付羽織袴姿である。
「山岡さん」
農夫を殴っていた新見錦は途端に横柄な態度を改め、腰を折って深々とこうべを垂れた。
「何の真似だと聞いているんだ」
「はぁ……」
そう言ったきり言葉に窮し黙り込む。ちらりとかがり火の方に目をやった。
と、その時――、
「ぬはははははははっ」
かがり火の向こうから不敵な高笑いが聞こえ、直後、天を衝くような大男がぬっと出現した。
肌は白く、女性のような撫で肩だが、腹がでっぷりと突き出し、まるで細身の相撲取りを思わせる風貌である。
右手に巨大な鉄製の扇子を持ち、それで肩を叩きながら胸を突き出すように歩いてくる。
鉄扇には大きく「尽忠報国の士 芹沢鴨」と印字されている。
尽忠報国とは、尊皇攘夷と同義であり、国のために身命をなげうって夷てき(外国勢力)と戦うという意味である。
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