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将軍が上京する直前を狙った犯行が、不気味さをいっそう際立たせている。
「足利政権への反発に擬しちゃいるが、当然現将軍へ向けられた刃だと解釈すべきだろう」
「そうだよな」
近藤は頷いた。
「家茂様が上洛するこの期を選んでやったってことは……」
「もし攘夷を実行しないなら、その時は将軍を血祭りに上げるって警告さ」
近藤は頷き、ごくりと生唾を呑み込んだ。
「京都はそこまで進んでるのか」
江戸とのあまりの温度差に、背筋を寒いものが走る。
もちろん江戸でも幕府に対する悪口雑言や攘夷を求める声は日に日に高まっているが、それでも倒幕を連想させるような萌芽は、いまだ気配すら見せていない。反幕といっても実際に政冶をつかさどる老中らに対する反感であって、それが直接将軍に向かうことはない。
「大樹公には、何としても攘夷を実行してもらわなくちゃならねえな」
土方が思いつめた顔で言った。
「ああ。でなきゃ、日本が真っ二つに割れちまうぞ」
近藤は蒼い顔で言葉を発した。「もう、のらりくらりの言い訳は通用しねえ」
「近藤さーん」
橋の上から声がした。
見上げると山南と藤堂が手を振っている。そのまま河原へと駆け下りてきた。
「参りましたよ」
山南が肩をすくめて言う。
「どうした?」
「謹慎ですって」
「謹慎?」
「坂本さん、脱藩の罪で謹慎を食らってるそうです」
土方と近藤は顔を見合わせる。
「そりゃそうだろう。そう簡単には戻れんさ」
近藤が言った。
「勝さんと容堂様の間で話はついているので、謹慎が明ければ放免状が交付されるとは思いますが」
「だいたいあの坂本って人は、節操がなさすぎる」
そう言ったのは土方である。
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